マングースとハブ
楽恵


彼女は彼を愛していたし、
彼もまた彼女を愛していた。
傍目から見れば完璧な二人だったけれど
どちらも鋭く光る牙を
その身に隠し持っていたから
二人の恋はいつも死闘になった。
顔を逢わせるたび
罪のない彼の毒牙は
彼女の光沢ある褐色の毛皮を切り裂いた。
引き千切られた毛はあたりに無残に舞い散って
エキゾチックな美貌がみるみるうちに衰えていった。
彼女もまた、負けじと彼に噛み付いた。
斑紋した皮膚から血が流れ、若さが剥がれ落ちた。
天から与えられた野性の本能は
お互いを傷つけずにいられなかった。
丸飲みした絶望の分だけ、いつしか生活を支配した。
愛の戦歴が限界まで積み重なり
二人の関係が破綻するときが来た。

ここを去るわ、と彼女は静かに告げた。
「どこへ」
「さあ、とりあえず北のほうにでも旅してみようと思うの」
別離はとても辛かったが、
彼女の決心は固かった。
彼はそれきり何も言わなかった。
別れの日がきた。
今帰仁港から北の海に向かう気船の甲板で
彼女は遠ざかっていくヤンバルの青々とした森にさよならを呟いた。
自慢の毛皮を風になびかせて。

侵略的外来種、マングースの北上は今も続いている。






自由詩 マングースとハブ Copyright 楽恵 2010-06-26 20:36:18
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