イン・ザ・キッチン
水川史生
鮮やかな発色に濡れる君の手を噛んでいるだろう午前三時のキッチンで所在をなくした鋏がひとつまたひとつと果物ナイフの刃を研ぐ未然形───。A4サイズの俎で黙った鯉が赤く焼かれる前に祈りを探している。
僕は電子レンヂで加熱されてからそよぐ
曖昧に溶けるようにしてそよぐ
忘れてしまって容易いからと白湯に指先を浸してそよぐ
積み上げられた白く丸い月の数々に
君のいくつかの溜息が滑って 落ちた
ワインボトルで掬って 隅で眠り込むまでのあいだ
その両手で優しく 僕を刻むように抱いてくれ
(銀色、と呟く僕の音を
君が直線のプロパンガスで焼失する
意識の外に逃げたフォークとスプーンを
目の前にして 目眩む僕らだ
スライドされる憂鬱性を 紫のインキで染めて
触れて欲しい 今 静かな動脈で
歪でも冷たく皿に緊張した手首を
飴のような その歯で
食んで欲しい ───)
ミルクと共に沸点を超えた甘やかな相関に
叙情に迫るパスタが茹だっている
有毒性に注ぐ 僕の涙をそのままにして
疑わずにこぼれ溢れる水を 頬を伝って含んでくれ
きらきら光るナパージュで覆う 弛む皮膜を模して
解けて飽和する君
目視された 滲み出す僕がゆるやかにシンクを流れてゆく