対峙
豊島ケイトウ

 たった一本の卒塔婆のように
 不健康に伸びた櫓から
 私はずっと向こうの火山を見守る

 今にも昂りそうで昂らない
 噴き出しそうで噴き出さないそれを
 ひたすら見守りつづけて幾星霜も過ぎた
 (トーチカはとっくに瓦解した
  灰はいがらっぽくて目にしみる
  分水嶺がなつかしい……)

 待つことは得意であるが
 衒いはだめだ
 焦らしもだめだ
 そろそろ見飽きた 何もかも

 しののめに立ち上る生成色の気配がいまだ鼻孔をくすぐるので南のとば口から吹き抜けるべきかどうか逡巡する生暖かな呻きが聞こえる

 いっしょに火山を見守り
 いっしょに火山を見届けながら 交わった
 おまえはもう干からびて 干からびて 干からびて
 風葬といえば聞こえはいいけれど

 (――私は十二分に闘ったのだ

  おまえの肉を食らう猛禽と
  おまえの血を連れ去る驟雨と
  おまえの骨を嘲笑う陽光と

  これでも闘っていないと
  打ちひしがれなければいけない
  理由があるものか――)

 ここに一つマイクロホンさえあれば
 泣きついてもいい 大声で
 ここに一つ白い布さえあれば
 降伏したっていい いいかげん
 ここにあるのは 象牙の笛――
 もし噴火が起きたら思いきり吹けと言われた

 風呂に入りたい新品に着替えたいなるべく烈しい音楽を聴きたい
 私も逃げてしまいたかった見張り役などやめて!

 幾星霜、見守り見守られ愛し愛され憎み憎まれうらやみうらやまれ逸脱し逸脱され再び取りつき取りつかれ盗み盗まれ見限ったふりをし見限ったふりをされ悲しみ悲しまれ舌を出し舌を出されウインクしウインクされ肩をすくめ肩をすくめられ地団駄を踏み地団駄を踏まれ実体の伴わない歌をうたい実体の伴わない歌をうたわれ腕まくりをしながら頭をかかえ腕まくりをしながら頭をかかえられ山めとつぶやき人間めとつぶやき返されとうとう音をあげたのは私だった

 無限に近い雲のたゆたいも
 もはや定型に等しく
 ほんのりと上気した月こそ
 何の価値もないゲテモノだ

 発狂した巨人のような雷鳴を恐れたのはいつだったか

 私は山と対峙しているが
 私は山を見るのを忘れた私は山を愛でているが
 私は山を欲するのにうんざりしている

 (老いさらばえた魂なんかくれてやる
  そのかわり足枷を取っ払いあくびとともに伸びをして
  自分さえ予期しないほどの快哉を叫べ
  村全体を襲った記憶を思い起こしながら

  激情――そうだろ、そうだと言ってくれ!)


自由詩 対峙 Copyright 豊島ケイトウ 2010-06-25 11:07:41
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