キム・ギドク監督 『サマリア』 〜〜ヨルノさんと詩を巡る旅 その2
ヨルノテガム
この映画の胸騒ぎ、ドキドキする感じとは何なのだろうと考える 「作者の考えだけではないという感じ」が意味するものとは・・・・・それは話の筋に靄(もや)のように横たわっている〈偶然性〉または〈偶発性〉であった
親友の落下死がなければ 主人公の少女は娼婦の跡を追うことはなく、少女の父親が厳格でひとり娘である少女の援交を知ってしまったがゆえに 金で寝る男たちに狂暴にならざるを得なかった さらに暗黙の理由付けとして 父親が殺人課の刑事という特殊過ぎる仕事で 女が血まみれで殺されるという世相を反映するような事件を解決する立場でなかったら 娘と寝てゆく男たちにあれほど暴力と憎しみを発揮し、殺すことは無かったと思える
罪や犯罪のリアリティは スプーンが落ちるか落ちないか ぐらいの曖昧な偶然性によって支えられているのかもしれない そういう際どいフィクションとリアリティーの綱渡りを監督は演じきり表現していったのではないかと思う 主人公の少女が何人目かの男とベッドを共にするとき可笑しくもないのに笑いが止まらなくなる場面があり こういう繊細な狂いの描写は少女を別人のように変化させ、しかも男の気に障って殺されでもしないかというダブルイメージ、危険な綱渡りの人間関係性を帯びる。 一歩、言葉や感情を踏み外せば奈落の底へ落ちゆく人間たちなのだ
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音楽の話に戻ろう
少女と父親の知られざる互いの行為(父親が援助交際する娘の跡をつけて行き、憤る)場面において曲調は 運命のためらい のような迷いと混迷の様相をなして不安定で 暗示的な陰鬱さの揺れ動く曲であった 胸を締め付ける静けさをたたえつつ しかし豊かな表情を持っていた
少女と父親が以前に亡くなった少女の母の墓参りをし田舎の山で過ごす場面からラストシーンにかけて音楽は 運命の不安定な歩行から 迷いが解けて真理を掴みかけるような、少し展望がひらけてゆく調べへと変化する
映画は、この親子は、この物語を見守る鑑賞者は、どんな真理に近づくのだろう
この映画表現は人間関係の偶然性を描きつつ、分裂し、途中下車していゆく人間たちの孤立を描き出している 真理とは 生きる者たちの孤立や孤独 であるのかもしれないが 残された者たちは鑑賞者も含めて また再び人間の関係する偶然性や 人とふれ合うことで起こる不思議な偶発性のなかに帰っていくことになる
それを踏まえて 全編を通して思い浮かぶことは 伝説の娼婦(パスミルダ)を夢見る少女の屈託のない天真爛漫な笑顔、そしてその理想を実行してゆくエネルギー、エネルギーに当てられていく、巻き込まれていくその他の人間たち、の絡まる糸のような運命であった その中で親友をなくした主人公の少女は 以前の少年のような顔からセックスを重ねて束の間 女らしい丸みを帯びた色気と母性を備え、放心の中にも強さのような成長と変化の軌跡を見せてくれている
人間の関係とは付き合う隣りの人によって全く変化をもたらす 何人もの男と援助交際を重ねた後であっても 父親が巻いた太巻きを頬張る少女の顔は父親の前で 全くの子供顔であった
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亡くなった母親、ビミョーな高さから飛び落ちて亡くなった親友の少女、どこからか死の連鎖は始まり転がり出していくのだが 父親が男を死ぬほど殴ったり 別の男の自殺を牽引することになったりと 字面ではエゲツない展開なのであるが 全ては悪夢のようにも思える それは山々から主人公たちを見下ろす俯瞰の視点が最後に挟まれているからで 深い色合いの秋の紅葉のある山の視点は 東洋的な神々の眼差しでもあると言える 人間は結局は孤立していく生き物であるが この主人公の少女は 父親に首を締められることなく 再びまだ見知らぬ他者の中で 関係を作っていくと思う。(誰かからの)生を願う希望を与えられ残され立ち往生しつつも 力強い人間の生命力を この若い少女に感じることができるのだ
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少女たちは かくれんぼ する
匂い立つ花のように わらう
少女はひとりで くるくるまわって かくれんぼ する
もうひとりの少女は 相手もいないのに 飛び出て笑いかける
どちらかが いなくても ふたりとも いたとしても いなくても
手をふれて つないだ人間たちを 記憶する
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キム・ギドクはヨーロッパ各国において賞賛を受け、鬼才と呼ばれている。(変態という見方もあって、魅力を感じている人は多いようだ)(ヨーロッパは変態を追求する熱は凄いと思う 年季が違う) 韓国には ホン・サンスという映画監督も面白い映画を撮っていて こちらも外国からの評価は高い。次回できればキム・ギドクとホン・サンスの差異に迫ってみたい 両人とも挿入する音楽センスは素晴らしい ホン・サンスの映像には飄々とした中にも曲者と思わせる仕掛けや術が盛り込まれている 話の作りにまた別の個性や味があるのだ
(了)