月下美人
三田九郎

鏡の中の私が抱きしめてあげるってささやいてる

孤独は闇の深まりとともに沈んでいく

私しか見えない闇の苦々しさに吐き気を覚える

ちっぽけな自我が膨らんで膨らんで世界のすべてみたいな顔をして

強引にキスを迫る、窒息しちゃいそうだよ

悪魔のささやきを振り払うために、月下、人気のまばらな街に出る

サンダルをつっかけて奇跡的に4回もつんのめる

逃げたって逃げたって聞こえるものは聞こえるんだけど

みんなどんな夢を見ているんだろうね 明日におびえて

私しか見えない私をお月様は見下ろしている 暗雲の影で

通い詰めすぎて馴染みになったコンビニのバイトと語らう

あるいは不意を突いて現れる新聞の集金員と

暑いっすね。暑いよね〜。

希薄な関係性のさざなみを漂流していると安心する

どんな人の目も、私なんかに向いてないと確信できる

錯覚や誤解や無関心に満ちていて乱気流が凪いでいく

あらゆるズレが私の自画像を組み立てている

分かり合えるという慢心に窒息しそうだったんだ

陸に叩きつけられたお魚、苦しそうだね

いのちを見失った霊長類の王様は脱獄できるの

(あ。これおいしいんだよね。)

誰かの思惑で行くはずだった宇宙に行けなかった万物の種子

私を見つめる私を叩き潰して、鏡の中から芽を出すんだろう

永遠の眠りが待ち遠しい、そんなものがあるのなら

またね。また。

馴染みのバイトに別れを告げて

こんな時間にアクセルを過剰に踏み込むタクシーの運転手

禿げ上がった頭で、あんたは何から逃走してる

月下のアスファルトが妖しく光る帰り道の瞬間

ダイブしたくなる衝動を口で転がす

真夜中の冷たい路面

このきらめきがたまんない


自由詩 月下美人 Copyright 三田九郎 2010-06-18 01:54:44
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