ギフト
吉岡ペペロ
タイから帰ってるはずのカワバタから連絡がなかった
カワバタを想うと滝の音と満月が濃くなった
さいきん心癖のように思うことがある
カワバタが独身だったらあたしはユキオと別れているのだろうか
ヨシミはお母さんからもらった電動自転車を気に入った
通勤にもそれを使うようになった
会社のひとがめずらしがるので乗せてあげる
と、とたんに返してもらいたくなるほどであった
前方にだれもいないときは両足をひろげて乗った
急な坂道でも立ち漕ぎしなくて大丈夫
たぶんそうだ
お母さんはあたしに電動自転車をプレゼントするために生まれてきたのかも知れない
ユキオが変わったような気がする
まえは見た目だけが冷静だった
きのうも電話していたら妙に落ち着いていた
仕事の話はしないふたりだったがヨシミの方からユキオにすることが増えた
あたし相変わらず仕事できないんだよね、
パチンコ屋ではスタスタ歩いてたよな、
いまは事務だから、
できなくていいじゃないか、
わっ、よくそんなことを、
いいんだよ、このまえカラスの話してたよな、
うん、
車は自然かなあ、ってたまに考えてる、
自然だよ、
オレもそう思う、ギフト商品みたいなもんだと思う、
ギフト?
みんな、なにもかも、ギフト商品なんじゃないかって、
ユキオはもともとよく考えるたちだった
でもユキオのそれはいつもヨシミの思考や感覚とは一体ではないような気がしていた
さいきんヨシミがユキオの思考や感覚にじぶんをまかせて追っているようなことが増えた
小鳥という商品、カラスという商品、車という商品、ヨシミという商品、みんな誰のものでもなくて、じぶんじしんもじぶんのものではなくて、商品なんじゃないかな、ギフト商品なんじゃないかな、
だれへのギフト?
さあ?
だれからのギフト?
かあ、
ヨシミはお風呂に入るまえアイロンすることにした
お父さんももうすぐ帰ってくるような気がした
ヨシミはアイロンしているじぶんが好きだ
アイロンがたてる音に合わせて衣類がもとに戻されてゆく
乾いたような湿気たようなほかほかの匂いがなつかしい
アイロンしてくれてありがとう、なんてだれも言わない
きれいにかたどられたほかほかの衣類が、それが当たり前のように日常に飛び出してゆく
カワバタからのメール音
ヨシミはあわててケイタイに手をやった
あつっ、アイロンの余熱に腕があたった
とっさにケイタイを持って流しまでいった
水道水をかけようと腕を見やった
赤い線がひかれていた
氷にしようか、やっぱり蛇口をひねった
浄水を解除してどばどばと腕にかけた
このこともカワバタにメールしよう
カワバタからはあした会いたい、とあった
8時にいつものところで待ってる、と打ってそのままアイロンのことを打った
水をかけ流しながらヤケドあとを見つめる
ごめんなさい、という気持ちになった
このことはカワバタに打たなかった
ユキオの、ヨシミという商品、という声がきこえたような気がしたからだ
オレのせいだな、ごめんね、
シンゴのせいじゃないよ、ヨシミがわるいんだ、
治りが違うから、とにかく水で冷やしてね、
うん、まあね、でもめんどくさいな、
いいことして5分後にいいことがかえっくることもある、いいことしたって50年後にしかかえってこないこともある、ヤケドを水で冷やしてもすぐには治らないかも知れない、けれど、あとあとの治りが違ってくるから、とにかく水で冷やすんだよ、
ハンカチぬらしてヤケドにぺたっと置いてサランラップでまいてみる、
かしこいね、
あっ、返信を打っていたら充電切れの表示がでてピピピピピピと鳴った
あわてて充電器をあたりにさがした
間に合わなかった
まだどきどきしている
ぬれた腕を見た
赤い線がさっきより濃くなっていた
赤い線を見つめているとカワバタとはじめてした日のことを思い出した
なぜそんな気持ちになったのだろう
お金をとるのが売春婦ならあたしは売春婦ではない
カワバタからあたしはなにかをとっているだろうか
でもなにかをとっているような気がした
赤い線のうえにぬらしたハンカチを置いて腕をサランラップでまいた
カワバタという商品、
ヨシミはそうひとりごちてはっとした
ギフト?
みんな、なにもかも、ギフト商品なんじゃないかって、
きのうの会話を思い出した
みんな商品なんだとしたら・・・・ぜんぶあたしからあたしへの・・・・
お父さんが帰ってきた
ヨシミが立ち上がった
立ち上がってから夕飯をつくるために立ち上がったと思った