愛しのデミオ
森の猫

車椅子になった息子の為に
車椅子ごと 乗り降りできる
車を買った

ほとんど 即決でマツダのデミオに
なった

それまでは ずっと中古の
普通車だった

その車は まるで
あたしの為にあつらえた様な

ハンドルがしっくり
手になじみ
加速も抜群
苦手な車庫入れもしやすく
軽やかなのりごごち

すぐ友だちに なれた

あたしは
車にも ココロがあると
信じ いつも話しかけていた

今日も無事故で頼むよ
ありがとう
など など

デミオくんは 
大変活躍してくれた

雨の日 風の日 雪の日
中学から高校までの
息子の送迎を
あたしは末娘を
助手席に乗せ

合計3人の命を運ぶ
毎日 毎日

体調の悪い日もあった
めまいが 運転中に
起きないよう 祈りながら
ハンドルをにぎる

デミオくんは
あたしとふたり
息子と娘を献身的に
守ってくれた

一度 追突事故に発展しかねない
かるい衝突のときは
示談で済んだ

約9年 無事故で
勤めあげた

息子が大きな新しい
車椅子に買い換えることになり

車椅子が入る ワンボックスカーを
買うことが決まった

ほとんど
その直後

事故は起こった

冬が近い 寒い雨の降る夕方
あたしは いつものように
マンションの駐車場に
バックで車庫入れを
している途中だった

そろそろと
ブレーキペダルを
踏みながら進む

ドン!!!
激しい音がした

身体をひねってバック体勢を
していた あたしは
一瞬 浮き上がった

なにが 起こったかわらない
あたし

放心状態でいるところへ
騒音を聞きつけた
マンションの住人が
車に近づき

”大丈夫ですか?”と
声をかける

”あ、あぁ・・・
ハイ・・・”

的を得ない答え

あたしは
車止めを
するりと抜けて

その後ろのフェンスが
曲がるほど
激突していたのだ

”大丈夫です”

気をとりなおして
外に降り
現状を確認する

一旦 前進して
もう一度バックで注意深く
立て直した

その後
バックミラーはメチャメチャに砕け

フロントが曲がった
車体を目にして
振るえが止まらなくなった

痛みはないが
たぶん 腰と首は
やられている

事実を確認して
しばらく 気を静めるため
安らかなハンドルに
つっぷしていた

我に返り
ふと思った

デミオが最後に
身を呈して
守ってくれた

あたしのことを

ありがとう
ありがとう
ごめんね

なんども
なんども
繰り返した

自損事故だ
保健でフェンスの修理まで
カバーできた

デミオは
修復不可能なまま
悲惨な姿で

1ヵ月後
引き取られて行った
まだ エンジンは健在なのに・・

あたしの毎日の苦しみを見て
一緒に乗り越えてきたキミ
デミオ

キミ以上に愛する車に
出会うことは
あるまい


自由詩 愛しのデミオ Copyright 森の猫 2010-06-14 04:23:25
notebook Home 戻る