いつかいつの日か、透明になる君に
梨玖
まだ固いスーツを初めて着た日は
苦笑いをしながら君に見せに行った
確かアザレアが咲く季節だった
明日から社会人だよ、と
半分不安めいた口調でそう言った
確か猫の恋が始まる季節だった
数十年ぶりに彗星が近づく夜は
君と一緒に空を見た
確か向日葵が咲く季節だった
仕事もうまくいきだしたんだ、と
半分得意げな口調でそう言った
確か南から風が吹く季節だった
年老いた猫が逝ってしまった日は
僕は一瞬自力で呼吸ができなくなってしまった
確か桔梗の花が咲く季節だった
だれかがしぬのはもういやだ、と
半分泣きそうな口調でそう言った
確か菊人形を飾る季節だった
忙しい日常に人恋しくなりだした時は
君と手を繋ごうと思った
確か椿が落ちる季節だった
死人みたいな体温だな、と
半分冗談めいた口調でそう言った
確か周りが白しかない季節だった
矛盾もあった
不思議もあった
記憶を殺して封じ込めた
気づいた時は僕が壊れると確信していた
アザレアも向日葵も桔梗も椿も
君が好きな花だった
枯れることは怖かった
連想してしまうことは怖かった
苦い唾を飲み込んで
漸く見ることができた視界には
散った花束
墓標に刻む
君の名前