大好きな詩人を紹介してみます  「吉田一穂」
非在の虹



ああ麗しい距離(デスタンス)、
つねに遠のいてゆく風景・・・・・

悲しみの彼方、母への、
捜り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)。


ぼくの周りには、ランボーを読んだり、中也を読んでいる友人がふえていきました。
ぼくもそれらの詩集に目を通していました。
ところが、どうもぴんときません。
北原白秋も高村光太郎も、宮沢賢治も三好達治も
ボードレールもランボーも、リルケもギンズバーグも
チンプンカンプン
どこがいいのか、なにが面白いのか、さっぱりわからなかったのです。

詩は苦手、ぼくはみんなにそう言っていました。
とは言うもののやはり理解したい、詩に感動してみたい、そう思っていたのです。

そんなころ出会ったのが吉田一穂(よしだ いっすい)の詩集『海の聖母』の一編、先に引用させていただいた「母」でした。

この四行を読むのにかけた時間は何秒だったのか、突然、「すべてわかった!」という気持ちになったのです。
それまでのもやもやが晴れて、視界が開け、詩の形がはっきりつかめた感じです。
どういうわけか一穂だけでなく、前述したような詩人の作品も一挙に面白くなってしまいました。
どうしたんでしょうか。
脳内物質に変化があったのか、脳内血流が替わったのか、それとも発狂でもしたんでしょうか?

吉田一穂(よしだ いっすい)は1893年(明治三十一年)北海道に生まれ、1973年(昭和四十八年)に亡くなりました。

岩波文庫版吉田一穂詩集の編纂者である加藤郁乎氏はこう言っています。
「花よりも三角形を美しいと見る抽象化された思考また幾何学的発展の方法を重んじ、感性とか抒情などに没する」のを拒んだ詩風。
「考えて考えぬく思考本位の詩人」であると。
しかしそれがため、抒情詩が主流の一般読者に受け入れられずに、
「孤立する名誉を誇らかに貫いた」生涯だったようです。

なるほど「白鳥」という作品など、読後一瞬にして了解、というわけには行きません。

しかし「母」には、麗しい抒情があると言えないでしょうか?

きちんと吉田一穂を理解するには、理屈づめな部分はどうしても必要でしょうが、ぼくたちはもっと好き勝手に読むのを許してもらおうではありませんか。
ぼくは一穂が北海道生まれであることが重要だと思います。彼の北方志向はかなり強いものだとうかがわれます。
音楽で言うとフィンランド生まれのシベリウスを聞いているような、澄んだ冷たさ、きわめて清澄な空気が感じられるのです。

たとえば、「六月」という詩はいかがでしょう。
すがすがしい北国の初夏の風が学園に吹いて来るのが、感じられないでしょうか。


六月

低い講義が続く、原書(テキスト)の明るいメランコリア。
髪かきあげて額に青く芝生の反映(てりかえ)し。

槲の葉の聡く、図書館裏の影は金色(こんじき)に深み、
 (本伏せて俯向く妹の眼鏡に海光の揺れて砕け・・・・)

教授が出て行った、口笛が鳴る。
莨に点じて哄笑が弾け、学寮からの古典的な鐘。


できれば、ここでまた、大好きな詩人や詩を紹介してみます。


散文(批評随筆小説等) 大好きな詩人を紹介してみます  「吉田一穂」 Copyright 非在の虹 2010-06-08 22:08:24
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