ゲルニカ
草野春心
1.花畑に咲く
もう朝は終わってしまった
ちいさな女の子の
やわらかな手のうえで
朝は終わってしまった
だれかの罪が
ぼくの眠りを食んで
プランターの中で育っていった
生きているものは
光を受け取って
どこかへ放つ
……生きているものは
死んでいるものよりも
正しい涙を流す
朝は終わってしまった
記憶のなかで
時代のなかで
未来へ向けて
朝は終わってしまった
せめてぼくたちは
いつまでも
かなわない夢をみよう
2.遠い街へ
あたりをうめ
つくす弾丸色
のなか、僕は
ラジオを聴いている。
猫の死骸をソファー
にして……。窓に
夏が張り付いている。
つめたい魚が泳いで
いる。吐き気がする
ほど本を読む。
あたりをうめ
つくす弾丸の
なか、飲みこむ
バカと飲みこまれる
バカが居る。アハハ。
ア・ハ・ハ……。
君はいま何を思って
生きているのか?
君はいま何処に座って
いるのか? 君のアソコが
どんなだったか? 僕は
知りたくなんかない。
内臓のスープのような
沈黙はまるで昨日の
こと。ねぇ? 遠い昔
が聞こえる? 夏に
ホラ、聞こえる?
真珠湾だ、それは
ベトナムだ、湾岸
戦争だ。9・11
だ。僕はラジオを聴いている。
夏にホラ、ねぇ?
銃声のネバついた
感触はこの夏の
午後まで届いた。
さよなら。僕は
天国の場所を
知っている。
両脚もがれた歴史
が、虫の息で
横たわっている。
さよなら。僕は
天国の場所を
知っている。
新聞紙で眠る
浮浪者たち
の町。さよなら。
だんだん壊れるよ、
だんだん壊れるよ、
だんだん壊れるよ。音だけ。
僕たちの生きる明日
は他殺体。バラバラ
バラで……。バラバ
ラで。血の匂いは
かなたの屠殺場
に置き去り。バラ
バラバラで、バラ
バラで。遠い街へ。
(君は)ギターを
弾いていたアイツ、
(君は)釘を打って
いたアイツ、
(君は)ゲームボーイで
遊んでいたアイツ、
会いに行こう、会いに
行こう、(君に)会いに行こう。
遠い街へ。
*
何かを、
押しつぶすように、
君を抱いて、
タイクツな、
言葉を、
重ねていた。
アクビが、
六十一回出た。
君に会った、
僕は、
もう、
君に気づく、
資格さえ、
無い。
3.天国の歌
殺人鬼が天国の歌をうたっている
監獄の窓にむかって
「僕は人を殺した。
六人殺した。血の塊が僕の
歯茎の間にはさまっている。
僕は人を殺した。
恋人を、友人を、知らない人を、
自分自身を。」
溺死体が天国の歌をうたっている
海草に絡まりながら
「わたしを忘れないで。
夕闇の藍色に染まる海に
きっとわたしを思い出して。
岬の灯台、それはわたし。
町に香る夕餉、それもわたし。
出せなかった手紙もわたし。
わたしを忘れないで……」
生存者が天国の歌をうたっている
だれかといっしょに
「どこか遠い、
高いところにある階段
それを昇れば天国さ!
天国は楽しい。
天国は美味しい。
天国は魅惑する。
天国はそこにある!!
われわれはただ
階段を昇ればいい!!!」
つかのまの天国にむかって
みせかけの幸せにむかって
天国の歌はうたわれる
ぼくも天国の歌をうたっている
心のなかで
「天国は、
きみのうたう歌なんだ。
救われることで、
生きようとはしないで。
生きることで、
ぼくたちは救われるのだから。
だから、せめて、
いつまでも
かなわない夢をみよう?」
ふいに
きみを思いだすときがある
その耳たぶが
天国の歌に揺れているのを
さよなら。
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太陽