誕生日のこと
はるな
恋人の誕生日のまえの晩に、お洒落をしてごはんをたべに行った。
食前酒のあまい香りと、白くなめらかなテーブルクロス、糊のきいた従業員の制服、はきなれないヒールの踵をこっそり外すわたし。
鮭に生クリームとじゃがいものソースをかけたのが、すばらしくおいしかった。
透き通ったビールの泡は最後までうすく残って、お酒はとろりと上品に冷えて、完璧にものすごく近い夜だった。
なんども目を合わせて、テーブルのうえの指をつかまえようとすると、それを知っていてすっと逃げる。頬をアルコールで染めて、旺盛な食欲でお皿をきれいにする。
わたしの恋人はわたしにとって、ほかのどの恋人よりも最高だ。
どっしりした背中と、ただしい重みと、太い指と、ちいさくて正直な眼をもっている。顎や、脚や、胸の毛は男性らしく濃くて、お腹に年齢相応の脂肪をつけている。笑うときに大きな声を出し、都合のいいときにだけ神様に祈り、寝言で童心に帰る。
夜には、恋人の男性は、わたしの女性と一緒にひとつになる。終わったあと、放心するわたしを義理のように一度だきしめる。その重みと湿りに、わたしはつなぎ止められる。恋人はまぎれもなくそこにあるということに安堵する。
食事のあと、家についたのはまだ8時過ぎだったけれど、わたしたちはくたくただった。下着になってベッドにはいる。シャワーも、キスも、セックスもなしで。でも自然に抱き合って。
翌朝まだはやい時間に、恋人の声でめざめた。実家の母親と話しているらしいことがすぐにわかる。「彼女」「順調だよ」「問題ない」「お盆には」。聞き慣れない、恋人の故郷のことば。
電話を切ると、まだ眠そうな顔で「母親から」。お誕生日おめでとうと言うと、ねむたい眼のままで頭を撫でてくれる。二人して、もう一度昼まで眠った。
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