世界は勝手にできあがっている
within

重い雨が降っている
重い水が降っている

土くれになるはずの肉塊を
池に沈めれば
浮かんでくるのは
感覚のない 時の澱

「君ばかりが悩む必要はないんだよ」

背負い込んでいるのは、無数の冤罪
ただ日々の生理に任せていただけなのに
無数の痕跡が残っていた

毛布にくるまっていても
法則は放してくれない

糸を手繰っても
もう何も手にすることができない
極大を迎えたエントロピー
哀しき終末を告白するために教会に向かう
神父か住職か父か母か墓標か

何でもいい
売るものは身体だけ
粉みじんにされた器だけが残る

何度でも巡ってくる春夏秋冬に馴れきっていた
終わりが近付いてきて
急に冷え込んだから
カーディガンを重ね着した

もう終わるんだ
突然見えなくなった眼の代わりに
幻の声が誘う

毛布に潜って
ひと粒の子供に戻る
もうすぐコンペティションが始まる
空席のピアノが待っている
でももう行かない
このまま腐って土くれに戻るんだ

深い夜を渡りきると
光の柱が
光の天蓋が
この町を洗い流す

潜行してきた私も
にょっ

首を突き出して
海原を見渡す

「おはよう。味噌汁できとるで」

小さな小さな肺活量で
月を飲み込むように
大きく口を開けた

羽音が林の影から聞こえる

そんなにイライラしなさんな
焦ってもしょうがないもんもあるで

瞬間 親指を合わせる
瞬間 前を向く
瞬間 右手をひねる
瞬間 慣性に任せる
瞬間 後ろを振り返る
瞬間 空を見上げる
瞬間 前を見定める
瞬間 信号が変わる
瞬間 走り出す

世界は勝手に出来上がっている

静かに
気付かれないように
泳ぎだす

世界はまだ終わっていない

世界はまだ終わっていない

ゆっくりと培養されていく
凍結された試験管の中の番い
潰れた豆腐のような
柔らかな半熟卵
海に続く河口で海水と淡水を
行き来する

雀が張り巡らされた金網の上で
並んでいる。燕は電線の上で
待っている。

世界はまだ終わっていない
世界は勝手に出来上がっている

遺言を奏でる楽団がやってくる

私は語らない
光はただ私を通過していく
発語するたびに
私の内臓は軋む
軋みをあげて笑う

仮面の向こうの素顔は
表情のない仏頂面
誰が作ったのか?
木は光と水だけでは生きていけない

僕の視線は君の内臓に届いているだろうか
飛び立とうと羽を広げた瞬間
目の前は平面になる
地平線の向こうは宇宙への道だ
土の肌触りが遠い昔の
夕景をよみがえらせる
真昼の影を消してしまう
いつか帰ってきた宇宙飛行士が
新たな言葉を運んできてくれるだろう

何かが変わっていっている
僕の切り取った風景が
二値化の関数ですりかえられる
あの瞬間は本当にあったのだろうかと
眼差しは疑う

醜い豚は
やせ細った骨で
抵抗を始める
川面に落ちた枯れ葉の下で
卵は孵化する
食べられてしまう前に
生き延びようと
鰭をばたつかせる

世界は勝手に出来上がっている
お風呂の中で溺れて
もう一度産まれる
まっさらな私は
まず絶望を手にした
次に自らを傷つけた
傷が癒えるころ
手にした何かがあった
懐に抱かれているような温もりと
内からほとばしる熱が
氷海を割った


自由詩 世界は勝手にできあがっている Copyright within 2010-06-06 06:02:22
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