幸福な結合
真島正人


緩やかな咀嚼が
下痢を引き起こすことなく
幾何学によく似た
紋様を作った
ここは
水面
水面下は、見えない

緊急の事態には
コールボタンを押し
だれかれかまわず
助けを
求めれば良い
だが
緊急でない場合は
そんなことはするな
木造建築の
小学校の教室で
63歳の女教師から
そう教えられた
彼女の息子は
交通事故でなくなり
木造建築は
台風で崩れた
幾人かの子供が
犠牲になった
石碑が
うず高く立った

朝食には
パンと味噌汁をいただき
腹は
幸福に震える
毎朝
出社前の習慣は
髪を梳かしながら聞く
音楽
日によって選曲は異なる
ブズキやシタール
木管が吼えることもある

私が
23のときに好きだった女性は
事務職で
とても地味な女性だった
髪型が地味
服装が地味
話し方、食べ方も地味
だが
性行為だけは激しかった
私は
それと知らず
人生でも
ことさらに幸せな結合を幾度か
体験し
そして特に揉めるでもなく
地味に別れた
あれほど
心地のよかった瞬間は
二度とはないとは知らずに

知られずに
ひそりとたたずむ
喫茶店から
親子連れが出てきた
私は
車の中で待機し
冷房は切ってあるので
暑さで頭がほてっている
かばんの中に
詰め込まれた
たくさんの重要書類
それらの大切さ、重さは
木造建築の
小学校で覚えた大切さの手触りとは
ずいぶんと違っている

あの
嵐吹く日
倒れた木造建築は
夢を教えながら
夢を教えた子供の
体に突き刺さった
どのようにして
死んだのか
知る由もないが
おそらくは
血反吐を吐き
痛みに
のた打ち回った
それともすぐに
気絶したかもしれない
木造建築と
人間の体との
不幸せな
結合
異物による
突貫

工事現場から
新聞集配所まで
私の仕事範囲は
幅広く
いたるところで
笑顔を撒き散らしている
笑いが下手だと
年の近い上司に言われ
謝ったとき
その笑顔が一番マシだといわれて
私はうれしくて飛び上がった
飛び上がった私の体内で
かすかにきしむ音が
聴こえて
それが嵐の音
だろうか
それとも
木材のきしんだ音か
空想に
瞬時戸惑い
しかしそれも
消えた


自由詩 幸福な結合 Copyright 真島正人 2010-06-03 17:52:31
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