遺伝子 青色1号、黄色4号
salco

お前の母ちゃんの子宮にはアリゾナの青い空があって
乾いたハイウェイ沿いにただ1軒あるガソリンスタンドで
お前の父ちゃんが働いていたんだよ。
ただお前は地下に埋設されたガソリンタンクからではなく
そこから1番近い町にあるダイナーの
ソーダファウンテンの泡の1つから生まれたんだ。
何故って、
その緑いろに着色された炭酸水にお前の母ちゃんは
幼い頃から憧れていたから。
海はきっとこんなだろうと思って、
硝子のドームの中をいつも覗いていたものだ
人魚姫のつもりになって。
青い空はげっぷが出るほど持っていたんだが


お前の父ちゃんの7代前の祖父はスコットランドに住んでいた。
ずいぶん赤い顔をした大男だったが赤毛は以後遺伝しなかった。
何故ならブルネットの男に妻を寝盗られて駆け落ちされたから。
その腹いせに長老派の牧師の女房と乳繰り合っていたんだが
大酒を食らったある晩、天罰のように脳溢血で死んでしまったし
グラスゴーで生まれたブルネットの子供は大層美しい娘だったが
尻尾があったので結婚が望めず
17になるとロンドンに出て売春宿で働き出したその1年後
客になった真黒な髪の兵隊とフォックス・トロットを踊る間に恋に落ちて
その夜の内に身籠った。
兵隊はその後インドでベンガル虎に左腕と臓物を食われて死んだと
風の便りに聞いたのは、倅を産んで6年後だった。

そんなわけで、お前の父ちゃんの髪は黒く
お前には少し尻尾がある。
そうしてお前は母ちゃんの憧れの1つから生まれたよ。
顔いちめんにそばかすのある大層かわいい娘だったお前の母ちゃんが
王子様と出会ったのは14の時、父ちゃんは27だった。
だから結婚式はしていない。
駆け落ちしたのが8月7日土曜の夜、
乾いたハイウェイ沿いにあるモーテルで
その夜の内に身籠った
捨てられたのが8月9日月曜日の朝、
乾いたハイウェイ沿いにあるモーテルで
起きたら置き去りにされていた


お前の母ちゃんの子宮にはアリゾナの青い空があって
乾いたハイウェイ沿いの町にあるダイナーでは
緑いろのソーダファウンテンがいつもぶくぶく泡を躍らせている。
お前の母ちゃんはストロベリー味のガムをその前でふくらませては
そのつど自分の心に風船の大きさを賭けていたものだった。
だから母ちゃんが怒りっぽくても気に病んではいけないよ
お前は緑いろの泡の1つから生まれたのだから、
自由におなり。
行きたいところへ行って良いのだよ、
船にも乗って海を渡っても良い。
あと少ししたらね


自由詩 遺伝子 青色1号、黄色4号 Copyright salco 2010-06-02 23:15:05
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