川向こうの大火
TAT








平素はクジなぞ当たらぬくせに




何だかその日は朝の牛乳がいつもより多く置いてあったり

雨も降らぬのに天井画の龍のように鮮やかな稲妻を目撃したり

先生が私に朗読をさせようとした瞬間に鐘が鳴ったり

止めにしましょうかと
半年も前に切り上げた野球部の副将に復縁を迫られたりと





何だか妙な一日でした。







風のぬるい







嫌な気配の一日でした









私はすっかり怖くなってしまって

下校の際も校庭の花壇の陰から急にクラウンが現れて
『お嬢さん、私は楽しい道化役者です。でもね、道化役者というものは本当は心の奥にどうしようもない深い闇を抱えている、悲しく恐ろしい生き物なのですよ。そして今からその闇で、あなたを丸呑みにします』と言うんじゃないかしらと

今にもそういった事が起こるんじゃないかしらと





花壇の無い裏門から帰る事にしました












クラウンは現れなかったけれど


その夜寝静まった私の家の一階の客間に大火が現れて





大火は

父と

母と

弟と

ピアノと

その他の全てを連れていってしまいました







あの日の大火

川向こうからも見えたわよって

お友達は言っていたっけ








けれども私は泣いていて

泣いていたから湿気ていて

私だけは大火に巻かれませんでした












だからそれがわたしの一番の幸福で

だからそれがわたしの一番の不幸です













自由詩 川向こうの大火 Copyright TAT 2010-06-02 02:37:21
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