気化してしまう液体なのだ
石川敬大




 屈折率がちがうので
 液体があるのだとわかった


 ひんやりとした
 理科室が好きだった


 フラスコやビーカーやアルコールランプの橙色をしたたましいみたいな火
 あれとこれとを
 区分する
 屈折率がちがう
 言葉があるのだと信じていた

     *

 自転車にのって
 さらに野瀬山にのぼって
 走りすぎるブルートレインをみおくった
 そうまでするからには
 ぼくらの
 こころのなかに
 理想郷に対するあこがれがあったにちがいないのだ


 ぼくは大学進学のために上京したけれど
 いとこはどこにも行かなかった


 あのあこがれは
 かれのなかでどのように変質したのだろうか
 かれはその後も、一言もそれについては語らなかった
 そして
 ぼくのあこがれもまた
 東京でどのように満たされ
 どのように変質してしまったのだろう

     *

 屈折率がちがうのだ
 ぼくは液体なのだと思う
 気化してしまう液体なのだと思う






自由詩 気化してしまう液体なのだ Copyright 石川敬大 2010-05-29 10:18:30
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