未慣性モーメント
高梁サトル
不完全な過去 不確実な現在 無知な未来
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カスタネットの赤と青が嫌だったから
いつも校庭のすみっこで地面に円を描いてた
繋ぎ目がゆるんで共鳴しなかったから
いつも答案用紙の上でシャープペンを回してた
あの頃は昼休みに僕が握ったおにぎりを
きみが「しょっぱい」と言って食べてくれれば
僕のなみだはきみの中で分解されて消えた
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皮膚の断層の間に張り付いて剥がれない
幾重にも重なった自分を思い知る午前
セーラー服姿で教科書を焼き捨てて
真っ黒な炭が真っ白なリボンを汚す
いつの間にか私に塗り潰された僕が
息苦しそうに咳き込みながら
時々歪んだ微笑み浮かべてる
砂漠の真ん中で階段が波打った
医者に「メニエール病」と診断された午後
先祖がえりした生き物と乾杯して
真昼の熱を包んだ夜風に癒される帰り道
いつの間にか私に覆い被さるように僕が
聖母のような微笑みで
時々鼓動と呼吸のリズムを外してる
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直線 平面 三角 四角
好きなものを選んでいいはずだったのに
どれも手に馴染まないと言って
複雑な幾何学模様を選んだきみは
僕の一番古い記憶を再現していることに気付かない
あの頃の渦巻いていた何かがよみがえる予感
あんなに毎日一緒に食べたおにぎりの味を
きみは忘れてしまったのだろうか
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無重力に放たれた未慣性モーメント