接吻
三田九郎

奈緒の部屋のキッチンに

小窓から差し込む西日を受けて

ぼくに向かって微笑みかける

小型の洒落たミキサーが直立していて

到頭奈緒を奪いに来たのね。とつぶやいた

彼女の眼光にぼくは

身体の自由を奪われて

一瞬、感電して

黒地に骨だけになった

アニメのキャラみたいになった

キッチン覗かないで。

掃除してないし、恥ずかしいから。

鼓膜を揺らして侵入する奈緒の声に

縄を解かれて自由になる

ごめん。でもキレイじゃん。

西日がビル群の奥に消え

地上から消えようとしている

いつの日か奈緒と交わることが

当然の権利や処理すべき義務となり

あるいは過去の女との情事の一回として

追憶の彼方に消えても

今日

ミキサーの眼光でキャラ化した

あの瞬間の戦慄は

ぼくの核心のどこかに

拭えない傷跡を残したはずだ

身体を彼女に委ね

砕かれ、刻まれ、

液体になったぼくの身体は

どんな色彩を帯び

異臭を放つのだろう

いつの日か

身体を重ね合うことに

愛以外の成分が混じった時

あの瞬間の戦慄が

またぼくを捕らえるに違いない

ミキサーが立つキッチンで

ぼくらは接吻した


自由詩 接吻 Copyright 三田九郎 2010-05-27 21:27:22
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