フウイヌム
亜樹
友人よ。
君に会わなくなって、今日でもう、どれほどの時間が流れたことだろう。
それは、もしかしたら、一月なのかもしれないし、既に何十年も経ってしまっているのかもしれない。
ただ一つ、確かなことは、私はもう君に会うことはないだろうということだ。それを思うと、私は悲しい。そして、君もそうならいいのに、と思う。
あの日、あの嵐の夜。私の乗っていた船が難破し、私もまた暗い獰猛な波に飲み込まれ、なすすべもなく沈んでいった。
なので、君もおそらく、私が神の身元へ旅立ったのだと思っていることだろう。しかし、それは違うのだ。私は生きている。ただ、それだけを君に伝えたくて、私はこうして、渡す当てもない手紙を書いている。いつの日か、これが君の住む町の浜辺に、流れ着くことを願って。
私は今、小さな島に住んでいる。この島は、どうにも奇妙だ。砂はガラス質でひどく澄み、泉から溢れる水は、蜜のように甘い。極めつけは、太陽が南から昇り北に沈む。
そして、この島には『彼女たち』が住んでいる。あの嵐の夜、私を救ってくれたのは、間違いなく『彼女たち』だ。
しかし、『彼女たち』といいはしたが、私には『彼女たち』に性別があるのかすらわからない。ただ、『彼女たち』はひどく美しい。なので、私は『彼女たち』は、女性であると確信している。
『彼女たち』は半人半馬の亜人である。しかし、馬の形をした下半身には鱗が生えている。薄い水色をした、美しい鱗である。
『彼女たち』は平和主義である。泉の甘い水を飲み、少々の果物と、魚を食べる。私はそのおこぼれに預かっている。
『彼女たち』は5日に一度の狩猟から帰ると、歌を歌う。
短調でも長調でもない、聞いたことのない歌である。
りりりりり、と硝子のような声で『彼女たち』は歌う。それ以外に声を発することはない。
こんなことを言えば、君は私の頭がおかしくなったと思うだろう。
しかし、事実だ。
私は、『彼女たち』を愛している。
私の体に鱗がないことが、足が2本しかないことが、指が5本もあることが、ただただ悲しい。
これは、仕方のないことだろう。
人の心は、多分不理解のものに出会ったとき、それを美しいと思うように出来ている。
この手紙が、君の町の浜辺に流れつくことを願って、ここに記す。
友人よ。私は生きている。
だから、どうか心配はしないでおくれ。
北の海に沈む夕日も、そちらと同じように、美しく、燃えているから。