お花茶屋のひと
恋月 ぴの

ひとがひとり亡くなっているんですよ!

不謹慎なの判ってはいるんだけど
鑑識のひとが部屋に出入りしていたりするのに
向かいの高級マンションに住む奥様達はこちらの様子を窺うでもなく
普段どおりの世間話に興じていて
思わず叫んでしまいたくなるほどの日常がそこにあった

彼に連れられはじめて訪れたお花茶屋駅
上りホーム最後尾には「行商専用車」とかの表示されていて
鉄路は遥か昭和の彼方へと続いているんだなとつくづく思ってしまう

改札を出れば私鉄沿線の小規模な駅にありがちな街並みが広がり
昼下がりの駅前商店街は買い物客でそこそこの賑わいをみせ
今は暗渠となっている曳船川の親水公園には幼い我が子を抱いた母親の姿を見かけた

数週間連絡が途絶えてしまっているらしい

遠い親戚に長男の安否を確かめて欲しいと頼まれたとかで
ひとりで行って来ればと突き放してはみたものの
ふたりの方が何かと安心だからさ
彼の真顔と夕食おごってくれる約束に付き添い役を引き受けた

アパートの玄関先には管理会社のひとが既に待っていて
彼の差し出した免許証で簡単な身元確認と挨拶交わし部屋へ向かう

こちらの部屋ですけどなかに入ってみますか

メーターボックスで確認すれば電気メーターはゆっくりながらも回っていて
ライフラインは途絶えていないのが確認できた

今にして思えばあまりにも無遠慮すぎたような

がちゃりと扉を開けた瞬間に鼻をつく一度嗅いだら忘れることの出来ない異臭
目を覚まし布団から起きあがろうとした瞬間に具合悪くなったのか
下着姿の上半身を布団から突き出した姿勢で亡くなっていた

命に関わるような持病とかあったのかな
誰に看取られることなく亡くなってしまった男のひと

仏さんとのご関係は?
そう刑事さんに尋ねられたとしても答えようの無い私が玄関先に立ちすくむ

程なくして管理会社のひとが通報してくれた所轄署のひと数名
事件性は無いと決め付けているパトカーはサイレンも鳴らさず玄関先へ滑り込んだ

ふたりとも遺体には触れていないでしょうね

彼の背中に隠れるように小さくなっている私に向かって
当番の腕章をしたひとがしつこいくらいに同じ質問を繰り返した

ストレッチャーに乗せられ所轄署へ移送される遺体に掌を合せご冥福を祈り
親族が来るまでとパトカーに乗り込む彼の後ろ姿を見送る

一人ぼっちになった青空はまるで安っぽいドラマみたいに晴れ渡っていて
どっちが駅だったのかうろ覚えのままにさ迷い歩けば
軒先にぶら下げられた鳥かごに十姉妹にぎやかに囀っていて

かごの中の鳥って本当に不幸せなのだろうか

なぜかそんなことにまで思いを馳せる







自由詩 お花茶屋のひと Copyright 恋月 ぴの 2010-05-24 20:02:20
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