rain
ロリータ℃。




雨の音がまるでオルゴールのようだと、ナナが言った。
僕はオルゴールなんて見たことがなく、それがどういうものなのかは知らない。そう言うとナナは目を丸くして驚いた。

「ゼロはオルゴールを知らないの?オルゴールはね、金属でできていて…うんとね、とっても綺麗な音で、音楽を聞かせてくれるの」

りぃんって、凄く綺麗な音よ。雨の音とは違うけど…似てるの。静けさが。この黙ってしまう感じが。

そうナナは言ったけれど、あんまり想像がつかない僕は曖昧に笑った。僕が見たことのある金属は、僕を殴るための鉄の棒、あのひとの腕についていた金色の時計。それだけだったから。
僕たちが今住んでいるこの廃屋には、錆びたやかんと、錆びた鍋がある。でもそれだけだった。それに埃くさい毛布。それだけで良かった。ナナがいれば。


柔らかい匂いのナナ。優しいナナ。凄く落ち着く。母がいたらこんな感じなのだろうか。かけがえのない、そういう存在なのだろうか。
失いたくない。ずっと僕を見ててほしい。

でもここには、食べ物がもうない。段々痩せていくナナ。細く綺麗だった黒髪がもつれて、起きてる時間が少しずつ短くなっていくナナ。


ナナには、帰る家がある。殴られたり蹴られたりしない、美味しい食べ物がたくさんある家がある。優しい母親がいる。けれど、嫌なことをする父親がいるという。


「お腹すいたね」
「うん。何か探してくるよ、何が食べたい?」
「いらない。側にいてくれればいい。一緒に雨の音を聞きましょう」
「…うん」
「わたしゼロに出会えて良かった」
「僕もナナに出会えて良かった」
「わたしは幸せ」



ナナが薄く笑う。消え入りそうな笑顔で。雪が溶ける寸前のような、そうだ、これは儚さだ。

僕は泣きそうだった。だから抱きしめた。本当は絶対に出会うことがなかった。出会えた感謝、守れない悔しさ。神様。


ナナが、いつのまにか寝た。僕は笑うように泣いた。

もう僕には何もできない。僕がいないときっとナナは泣くけれど、将来健やかで美しい、幸せな女性になるだろう。
僕にできることは、僕ができることは一つだけだ。


鳴りやまない雨の音。ナナの言ってたオルゴール。どんな音なんだろう。
言葉さえ奪う圧倒的な音楽。ナナの寝息と雨の音色のオーケストラだ。



僕はナナの手をギュッと握る。


いつか倒れたときに僕がいなくても、僕を思い出せるように。







散文(批評随筆小説等) rain Copyright ロリータ℃。 2010-05-23 21:12:36
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