中身
豊原瑞穂

 ある夜、突然目が覚めた。
 AM3:25、まだ寝始めて2時間程度しか経っていない。ふと横で寝ている彼女を見ると驚く事を観付けてしまった。背中に大きな紙が1枚、なぜだか貼られていた。
『?』
 寝る前は何も貼っていなかった、湿布が必要だとも言ってなかった、と思う。気になってそっとその紙を剥がしてみると、そこからは何も無い空間が現れた。
『…!?』
 塩化ビニールの人形の内側を見ているように、最近へこんだと言い張っている腹や、
横になって潰れたCカップを裏から見ているのである。手を入れてみても、ほんのり温かいだけで何も無いようで、彼女が少しくすぐったそうに体を動かすだけであった。
 気味が悪く思えて、僕は再び眠りに付いてしまった。

 あの夜の、あの出来事は夢だと信じていた。

 しかしあれから2日後、仕事場の上司のおデコに小さな木の板が釘で打ち付けられていた。僕はどうしても気になってそれを取ろうと思ったが、まさかそんな幻想を信じてもらえるワケもなく、諦めるしか他なかった。


 それからというもの、僕はいろんなところでいろんな物を見るようになった。
 満員電車で目の前に立ったおじさんは、背中に鉄の板とスイッチが付いていた。スイッチを押すと鉄の板はスッと開いたが、そこにはやはり何もなかった。久々に会った女友達は、二の腕に洋服のようにボタンと合わせがあった。僕はその友達を居酒屋に誘ってベロンベロンに酔わせ、チャンスとばかりにそのボタンを外してみた。しかしそこでも何もない空間しか見ることが出来なかった。

 人だけではなかった。
 電信柱にはファスナーが付いていた。道路には無数のホッチキスが打ち込まれていた。壁には紙の様に「切り取り線」が書かれていた。
 その全てを開き、その全てを覗き込んでみたが、その全てが無の空間だった。

『この世の全ては表面だけで出来ている』
 そう思えるようになった時には、僕は周りの全てが信じられなくなっていた。物は形を作るだけで成り立っている、人は上辺だけで他人と付き合っている。そう考えると、僕はとてもバカバカしく思えてきた。
 しかしそれは僕自身にもあった。
 左腕の内側、手首から脇までが靴紐のようの物で締められていた。僕はそれを恐る恐るほどいて中を確めた。やはりそこには、みんなと同じで何もなかった。


 自分も含め、誰もが上辺で接している事を知った。だからこそ他人と心から付き合いたいと思うようにもなった。
 自分の中を見てしまって以来、もう何も見えなくなってしまった。しかしみんなと同じだからこそ他人を信じられるような気がした。


自由詩 中身 Copyright 豊原瑞穂 2010-05-22 19:11:12
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