『実家』
東雲 李葉
どの名字を言えばいいのか迷っているうちに電話はぶつっと切れてしまって、
あたし結婚してないんだから同じじゃんって呑気に笑ってみたりした。
乾燥機では母親の首が回っている。
ごろんごろんと不愉快にぶつかっては口を曲げて。
父はまだ働いている気でいるようで。
もう繋がらない携帯電話を片手に時代遅れのワープロを打つ。
弟、は。
湿った畳を踏みしめる。骨の軋む音がする。
頭のない体がてきぱき晩ご飯の支度をする。
「玉葱が目にしみないわ」と、
その声がどこから出ているのか、聞いてはいけない気がして。
「それはよかったね」と、
大人しくじゃが芋の皮剥きを手伝った。
食器を並べてスプーンとフォークで交互に叩いて、まだかまだかと子供のような父。
弟はそう。カレーがとっても好きだった。
三角形のテーブルは互いの顔がよく見える。
母はさっきからスプーンで十字を切っている。
乾燥機はあと5分で止まるようだ。
父は犬のように皿にかぶりつき真っ赤な舌を必死に動かす。
私、は。
カレーがあまり好きではない。
乾燥機が止まった。
皺枯れた母の首を取り出す。
本当に母のものか分からないが。
「晩飯はまだか」と叫ぶ父に私の皿をそのまま寄越した。
空腹に耐えかねて冷蔵庫を開ける、と。
ゆりかごで眠る幼い弟。
四角いテーブル捨てられて、
彼と彼女ともう一人。
誰が消えれば丸くなる。
私はお家の場所も知らない。
電話のベルが鳴っている。
私の名前は何だっけ。