ヨルノさんと詩を語る 掲示板へ to go!!  になる予定のお話その二
ヨルノテガム





――――ヨルノさんと詩を巡る旅




あ どもども こんにちワンワン


えっと 先日の日曜 大阪の万博記念公園という所に初めて行って来ました 知的障害者のガイドヘルパーという仕事半分だったのですが 岡本太郎の太陽の塔が出迎えてくれて でーんとそびえ立っているんですね ああ一度見たかったのだよ〜 と思いながらお弁当を食べて 公園内を散策するのですが やっぱり何処から見ても太陽の塔と目が合っちゃううんですよねぇ 後ろに黒い太陽の顔もあるし。 ふむふむナンか大きなオブジェに見守られているっていう感覚って エエもんだなぁ と新緑と快晴の中をフラフラと歩いては座り休んで またピョイとモノレールに乗って帰りました モノレールに乗ると眺めが良くてワクワクしました




「アラピン、カラピン、スカンピーン!」
タンバリンを叩きながら アクビ娘が魔法の呪文を唱えます お尻フリフリかわいい子供の魔女がアニメの中で活躍しちゃいます ハクション大魔王というタツノコプロのアニメを小さい時に見たことがあって その脇役のアクビ娘が今度は主役になってまた新しいカラフルなアニメとして作られていました 僕はこの魔女というか妖精のような題材にとても惹かれてしまいます 最初はパチンコで久々に見たんですが アクビ助けてくれよー という声に対して アクビ娘はこういうのです 『いつも遊んでくれないから 助けてあげない』 たぶんこんな感じだったのですが この言葉にキュンと来たのです 僕は魔女や妖精には幽霊や死者みたいなものを感じていて アニメという表現では 死や叶わなかった思い を読み取る事が多いものです 成長しない永遠なる魔法の子 というテイストは哀しみと溢れんばかりの希望を両方感じさせてくれます 手塚治虫のブラックジャックのピノコに通じるような過酷であり可憐であり希望のあるキャラクタ―ともどこか似てる。 でもでも タンバリン というのがイイです なっっつかしぃー気分にさせてくれます そんな果かなくも懐かしい存在、アクビ娘と たとえば 詩 によって戯れたとしたら 彼女はどんな魔法で助けてくれるのだろうか・・・・・・




僕はちょっと前 人形と歩く という題の詩を書いていまして ナゼだか書いている内に 銀河だ宇宙だ と何かと 大それた景色を終盤に言葉を持っていきがちでして 人形が歩いて ジ・ゴ・クという言葉を吐いたように見える読唇を得た なーんて言う表現もあったりして 後から見て見ると なんだかヘンな文を書いているなぁ と他人事のように思うことがあったのでした 本人の中ではひとつひとつのイメージの元はちゃんとあって それの入れ子構造が本人もわからないほど入り組み始めているような創作をしているなぁ と思っていました そういうことを認識しつつ ある日 レンタルDVD屋さんに行って(何せ旧作100円なもので)何を借りちゃおうかと選んでいると『2001年宇宙の旅』スタンリーキューブリック監督作がグググっと目に止まりました 最近 銀河って言葉が好きだから宇宙の旅ってイイナ 有名な映画だったけど見たこと無かったな と借りると それはとても凄い映画でした よくこんな映画作れるなというSFの名作を見て その中に HAL2000という宇宙船内コンピュータが飛行士の博士二人の秘密の会話の口の動きを読んで 自身の身の危険を感じ 逆に宇宙殺人を企てる といった場面があったので ヘンにビックリしました 読唇のエッセンスがこんなところにもあったとはと ちょっとした「符合」を感じたのでした





ボクは3月4月の陽気な気候になってくると カワイイ女性に声を掛けたくなります 毎年頑張って気が乗った時は ピエロのような気持ちになって 気に入ったコに手紙でアプローチしちゃいます もうほとんど全敗なのですが(わかっててやっているような所もあって) 今年、声を掛けたコは ナゼか年初にはじめて見た時から気になる顔立ちをしていまして まるで西洋人形のような それでもポカンとした ダッチワイフの生き写しのような魅力的な若い女性だったのでした ボクは声を掛けられないまま ナゼこの女性がイイのだろう と思い返していました 日もだいぶん経って いざ手紙を渡してみると 彼女は携帯のメールで わたしはモンゴルから来た留学生ダヨ と言い結局は トモダチになる必要ない とぶっきらぼうな返信を頂きましたw
ボクはなんだか憑き物が落ちたような気になって モンゴルの平原を思いました そう言えば彼女はコドモのような幼い風貌が抜け切らない 日本人には無いような透明感があってでも懐かしく、人形のような存在がボクの心を落ち着かせてくれていたのでした そして人形が人間のように喋り始めることを考えると 簡単に熱が冷めてしまう気持ちになれるのでした






カネコアツシ作の『SOIL』というミステリー漫画がとても面白くて ワクワクしながら読んでいるのですけどその中で・・・・・・わけのわからないものを わけのわからないモノとして存在を認めつつ わけのわからないものの中で真理へ辿り着こうとする意志に関わり、符合するものを「しるし」という言葉で表していた これはオモシロイ発想だし表現だなぁと感心した。難しいことをサラリと書いたが 或る問題意識があったとしてそれを解消するため、あるいは新たな創造を得るための混沌の中にこそ、そのヒントはある という正に芸術や創造に関する思考回路に見られるヒラメキ待ちのような状態の話に思えた
刑事ドラマで 後半に推理が暗礁に乗り上げかけたところで誰かのふとした日常会話から その事件のトリックを解明するヒントを得るという展開がよくあるが そういう思考やひらめきのパターンは人間の経験からくる意味ある 真理への一場面なのかもしれない

『SOIL』の最終話は楽しみだが 何となく最後のほうが冗長になってきつつあり、うまくまとまるのか心配だ でも「わけのわからないもの」に切り込んで その存在区分を整理した表現には驚いた 社会洞察力が凄い そして読者は少しの安心感を得る





えっと っと
掲示板を作る話でしたね

僕は以前に文学極道に投稿して ナツイロさんと園里さん という二人に とてもイイ感想を貰いまして それは 詩作品に対して 色んな言葉を使い自分なりの視点で歩み進めるというものでした その感想自体が 詩的に思えるくらい 言葉が言葉を生んで反響していくような効果を感じました つまり自分の言葉で置き換えて相手の詩を分析想像してみるということであるのかもしれません また作者の創作意図を聞き直す というアプローチも僕は別に悪いアプローチだとは思っていません
あと ツナさんや園里さんの詩のスタンスで良いことだと感じたことは ネットの即時性にこだわらず 好きなときに書き 時間をかけて作品を見てみる 考えるという態度です
僕は 掲示板内で やりたかったら 過去作のツアーを組んでもいいと思ってます
よい作品というのは どんなものだろう というのも改めて考えてみるのもいいかも。
ま 人によって 何がやりたいか というのはあるだろうから 積極的に提案してくれる人が参加してくれたら 何が出来るかを決めていきたいですね





先日、知的障害者のガイドヘルパーをした話に戻るんですけど 知的障害者の人たちはそれぞれ色んな形や程度があって 対応も様々なんですけど 僕自身が子供に帰ったようなピュアなところで通じ合える気になり 一緒に歩くという行為が とても気持ちのいいものでした でもいつ予想外のことが起きるかもしれない事故の無いようにという緊張感を持ちつつも それでも明るい人が多くて こちらがケアされている気持ちになりました 日本は日々難しい顔をしている人が多い 笑顔の無い人が多いとこれまでの日常を思いました





支離滅裂な発想の噴出から 何かの「符合」を見つけて

詩作品に表してみたい





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                                了



散文(批評随筆小説等) ヨルノさんと詩を語る 掲示板へ to go!!  になる予定のお話その二 Copyright ヨルノテガム 2010-05-19 04:47:09
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