行灯
たもつ

 
 
ぼくのタクシーが壊れてしまった
だからもう、ぼくはタクシーに乗れない
朝食の後、歯を磨いていると
血のような味がして
吐き出すとやはり血だったので
歯槽膿漏か何かかと思い
壊れたタクシーは埋めることにした

タクシー一台分の穴を掘るのは
さすがに大変だったけれど
途中から兄が手伝ってくれたので
だいぶ楽になった
ぼくに兄がいる、という話は
むかし両親から聞いたことがあった
こうして本当に兄が現れると
それはあまり特別なことではなかった

何度か休憩し
お腹が空いた時は蕎麦屋などにも行った
穴を掘り終え、土をかけていった
こういうときは惜別の言葉をかけるものだ、と
兄が言うので
車検証に書かれていた文言を朗読した
最後に行灯だけが地面から出て
まるでお墓のようになった
とても可愛そうなことのような感じがして
相談した結果やはりすべて埋めることにした

せっかく兄弟そろったのだから
何か二人でできる遊びをしよう、と兄が言い
ぼくらは二人でできる遊びを探し
深夜になるまでずっと遊び続けた
テレビをつけるとちょうど
その日の放送が終わるところだった
今日の朝はほんの少し世界が優しくなっているでしょう
最後にアナウンサーが告げた
日々あふれる優しさにはうんざりしているけれど
それでも世界は
優しい方が良い気がした
 
 


自由詩 行灯 Copyright たもつ 2010-05-16 15:23:29
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