青木龍一郎が動物園にやってきた
青木龍一郎

僕の飼育権を勝ち取ったのは名実ともに日本一の動物園、上野動物園だった。
僕はすぐさま薄暗いトラックの中に入れられ、東京へと運搬された。
園内に着くと早速、僕は檻の中へ放り込まれた。
新しく造られた青木龍一郎の檻はとても綺麗で、外には青木龍一郎の生態を解説する看板も立てられていた。
ピカピカの鉄格子を両手で触りながら、僕は檻を隔てた向こう側にいる園長に話しかけた。

「こんなに綺麗な檻、用意してもらっちゃって本当にいいんですか」
「いいんだよ龍一郎君。我が園のスタッフたちは君の集客率に非常に期待している。このくらいの待遇が丁度良いさ」
「ありがとうございます。床のコンクリートも新しくてとても素敵です」
「気に入ってくれたのなら嬉しいよ。実は、君のグッズも既につくってあるんだ」
「本当ですか」
「青木龍一郎のぬいぐるみ、青木龍一郎クッキー。青木龍一郎の鼻くそもな」
「上野動物園の人気商品『ゴリラの鼻くそ』に続く鼻くそシリーズですね」
「そうだ。君も食べてみるかい」
「いや、大丈夫です。僕は自分のがありますから」

僕は自らの鼻の穴に指を突っ込み、大きめの鼻くそをほじくり出し、園長の前で笑顔で食べて見せた。
園長はニコニコしながら「上出来だ」と拍手をした。

「来場いただいたお客様には君に直接エサをやるなどして触れ合ってもらおうと考えている」
「なるほど、だからこんなに人と檻の距離が近くつくられているんですね」
「うむ。だからお客様はこんな感じにエサをやるのだよ」

そう言うと、園長は少し土のついたキャベツの切れ端を僕の方へ差し出した。
僕は檻の隙間から手を伸ばし、それを受け取えうとモグモグと食べてみせた。
「こうですか」
キャベツを口からはみ出しながら僕が笑顔で聞くと、園長は言った。

「何か違うな…」
「違う…ですか?」
「そうか、手と手でエサを渡すのでは人と人とのやりとりと変わらないから面白くない…。
 手で差し出されたものを龍一郎君が直接口で受け取ることで、お客様は動物と触れ合っている感覚を満喫できるのではないだろうか。
 そうだ、その通りだ。手と手では人間同士のやりとりと変わらんからな」
「いや、だって僕、人ですし…」
「今はそんなことどうでもいいじゃないか龍一郎君。マジで…君が動物か人間かなんて…どうでもいいんだよ…」
「それもそうですね」
「じゃあ、ちょっとエサを口で受け取ってみてくれないか」

園長は、今度は生のニンジンをこちらに差し出してきた。
僕は檻の隙間から必死に顔を出し、ニンジンを咥えようとした。
「アーアー」と声が出る。
園長は僕の口にニンジンを押し込む。
大きめにカットされたそれを必死に咥えようとすると口からちょろちょろとよだれが流れる。
よだれが園長の手にかかった。
園長は小さい声で「うわ汚ねっ…」と言ったので、僕は悲しくなった。

「…まあ、こんな感じだ」
「え、エサって客からもらう分だけですか」
「そんなわけないだろう、糸こんにゃく野郎」
「糸こんにゃく野郎!?」
「客のとはまた別にエサ担当のスタッフが毎日決まった時間に君にエサをあげることになっている」
「そうですか」
「丁度いい。今、エサ担当の山本君がやってくるから紹介するよ」


向こうから飼育係のコスチュームを身に着けた、20代くらいで、メガネをかけた大男がやってきた。

「紹介しよう、君のエサ担当、山本君だ」
「山本です。よろしく」

僕は檻の中から会釈をした。

「僕がもらえるエサって何ですか」
「キャベツ」
「…」
「…」
「キャベツと。後は…?」
「いや、それだけ」
「…ちょっとよく理解できないですね」
「だからキャベツだけ」
「…」
「キャベツオンリー」
「…え、ちょっと待って…。ってことは…?つまり……キャベツオンリィィ!?」
「いやだからさっきからそう言ってるでしょ」
「そんな!栄養偏りすぎちゃいますよ!僕の栄養を六角形のグラフで表したら、食物繊維のところだけが異様にギューンって伸びてるみたいな気持ちの悪いグラフになっちゃいますよ!
 何なんですか、うさぎさんのノリで僕を飼育しようとしてるんですか!?どうするんですか、栄養失調で僕ぶっ倒れちゃいますよ!」

園長は山本さんの耳元で小さな声で
「それはそれで面白いよね…」とつぶやいた。
山本さんは下を向いて「ンフフ…」と笑った。

僕は悲しくなった。




やがて、園長と山本さんは去り、僕は一人檻の中に残された。
当たりは暗くなってしまった。
僕はコンクリートの地面に腰を下ろし、檻の隙間から星を眺めた。
動物園ですごす初めての夜だった。

「他の動物たちもこの星を眺めているのかな…」

そうつぶやくと涙が溢れた。
ここの動物たちはみんな僕と同じ境遇だ。
いや、僕はまだマシな方かもしれない。
きっと両親と引き離されて、地球の裏側から連れてこられた奴もいるだろう。
その悲しみは、僕にはとてもじゃないが想像できるものじゃない。
こんなときにさえ、僕は誰の心も分かってやれない。
僕は何て無力なんだろう。
自分の鼻くそをおちゃらけた商品にされたことを知ったときのゴリラのショックすら分かってやれない。
ただ、この綺麗な星空をアホみたいな顔して眺め続けるだけだ。



次の日、核ミサイルで地球は消滅し、全人類が滅びた。


散文(批評随筆小説等) 青木龍一郎が動物園にやってきた Copyright 青木龍一郎 2010-05-16 02:01:25
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