目覚めた朝に、生まれたい。
黒木みーあ
午前三時、まどろみの淵で眠りについて、午前六時三十分、母の声で目が覚める。何もしていないのに、何故か身体中が痛い。きっと大きなクマが瞳の下で寝そべっているに違いなかった。目が、とてつもなく重たいのだ。
よたよたしながら階段を下りて居間へ行くと、母がわたしの方へ振り向いて、青ざめた様子で近寄ってきた。どうやら今朝方、わたしが死んでしまったらしい。母が居間へ降りてきた時には既に息はなく、口から得体の知れない液体が出ていたそうな。落ち着きのない母に、死体はどこにあるのかと尋ねると、母は思いだしたように台所の隅の方を指差した。けれどそこには何もなく、とりあえず、わたしは空腹を感じ始めていたので、用意されていたトーストを口に突っ込んだ。わたしの好きな、ピーナッツバターが塗ってあった。
学校でクラスメイトにそのことを話すと、「「 母を訪ねて三千里は良いけど、父を訪ねて三千里は無いよねと言ってきた。まったくその通りだった。この学校のクラスメイトに、マトモな奴はいなかった。わたしは、わたしだけがマトモであると知っていたので、ちゃんと丁寧に教えてあげることにした。なんていうか、母を訪ねて三千里も、あり得ないよね。って。
学校を抜け出してから、駅付近でうろついていた親父を狩った。狩られた親父は、お金をくれると言ったので、キス無しで、とりあえずもらっておくことにした。ほんとうは別に、お金とか無くてもよかったんだけど、って、バイト先の先輩に話をしたら、飲みに誘われたので、そのまま眠りにつくことにした。
午前二時、覚醒しないまま、半裸状態で夜道を歩いた。煙草を吸いながら、先輩の両腕にあった傷を思い出す。かさぶたの上を横切るように傷が走って、その傷の上にまた傷が走って、なんだかとてもおかしかったから、おもいきり笑って、その後、おもいきり抱きしめたら、先輩は、わたしの胸の中で眠ってしまった。死んだように、眠ってしまった。きっと先輩も、眠る場所を探していたんだろうと、そう思ってみた。
まだ風が、少しだけ冷たかった。
家に帰ると、母が泣いていた。わたしを見ると急に怒り出して、ぼかすかとグーで殴ってきた。わたしとあまり背丈の変わらない母なので、上方から振り下ろされるグーは、頭付近、鎖骨辺りに激突していく。
母はもう言葉にならない言葉を言いながら、狂う寸前だった。わたしはまた先輩のことを思い出して、母のこともおもいきり抱きしめてみた。すると母も、しばらくするとわたしの胸の中で眠ってしまった。やっぱり死んだように、眠ってしまった。途端に、部屋の中から音が無くなって、真夜中が、少しずつ降りてきた。それに同調するように、わたしの瞳のすぐ下では、太りに太った大きなクマが、ばったんばったんと、寝入る準備を始めたらしかった。
午前五時二十五分、唐突に目が覚めると、腕の中に居た母は、窓際の前で朝焼けと燃えていた。夢、だと思った。袖をまくり、洗面台の剃刀で腕を切りまくった。深く入った傷が血管を裂くと、血が噴き出した。母の目の前で、血が噴き出した。それでも母は、朝焼けと燃えていた。わたしは母の胸に倒れ込んで、いっそ眠りたかった。
あた たかい。
母はそう言って、わたしの胸の中でまた眠りについた。二人とも血まみれで、朝焼けがとても眩しかった。いつまでも、母の寝息は胸の中で温かくて、そのうちに少しずつ、意識が引いていくと、腕の傷がズキズキと痛みはじめた。そこらじゅうから、血生臭い匂いがしていたし、気分も悪くなってきていた。母の頬に触れると、綺麗だった母の頬も血だらけになり、瞳の下では、どうやらクマがまた眠りについたらしかった。
((( ねえお母さん、わたしはまだ、死んでいないよ、
浅い眠りにつく前に、わたしの中で死んだように眠る母へ、わたしはそっと、耳打ちをした。
目覚めた朝に、わたしがまた、生まれるように、と。