全手動一行物語(31〜40)
クローバー
31
朝日は海の深いところに落ちている。
32
彼女は、彼の下駄箱に手紙が入っていたのを見て、代わりにポストに投函した。
33
彼がアルバムを整理していると、出会う前の写真に不自然なほど写り込む、恋人の姿を発見した。
34
少女は、少年は明日を見ているので今日が見えないの、と昨日の優しさを抱え続ける。
35
青い車が、少しずつ境目をなくして空に溶けていく。
36
妻は、私がカーネーションを買ってきたので、ここ数日、口を利いてくれない。
37
ブレイクショット、彼がキューで球を突くと、九つすべてが、太陽系のあるべき場所に収まった。
38
彼女の誕生日が近いので欲しいものを聞くと、いらないものならあると私を見る。
39
私がいらないのは歳をとるという事実なのに、彼が執拗に年齢を聞いてくる。
40
あの日、最終バスに乗り遅れた夕焼けが、ベンチで途方に暮れている。