この血はこんなにも叫んでいるのに
朽木 裕

現像液にひたしても現実は定着せずに零れ落ちた

ねぇ私、生きてるよって
この血はこんなにも叫んでいるのに
自分が今、此処に生きているのかさえ分からない

モノクロォムの罪と罰
暗室で君と交わした言葉

どれだけ印画紙に焼き付けても
心だけ定着せずに崩れ落ちていく

今、私は本当に此処にいるのかな

それすらも分からない夜に
子供よりも簡単に迷子になる

掴まえていてね、なんて
おこがましくて云えはしないから
忘れないでね、とだけ、ひとまず伝えておくよ

大丈夫、心配しないで
きっと自然なことだから

夜の雨が存在を撹拌して撹拌して
そのうち土に命が消えるみたいに

この血はこんなにも叫んでいるけれど
届かない願いなんて珍しくもなんとも、ない


自由詩 この血はこんなにも叫んでいるのに Copyright 朽木 裕 2010-05-12 00:30:41
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