小詩集【寄る辺なき歌】
千波 一也
一、花占い
仕方がないので
この
頼りない
ゆびさきに
精いっぱいの呪文を
語るしかなくて
それでいて
そんな瞬間が
いとおしく思えて
ならなくて
自分の
横顔をふと
思い描いてみる
これまでに
一度も
自ら
望まなかった
かるくて
重たい
流行
に
そっと
流れてみる
それと同時に花びらは
じつに巧妙に
実を捨てる
それを
見つけたときの
こころの
音を
自分は
まだまだ
あらわせない
当然といえば
当然なのだけど
二、ないものねだり
ねえ、
いつになったら
尾が生えるかな
尾が
生えたら
生えた
で
面倒なのだろうけど
ぼくは
そうやって
届かない月の美しさこそ
この世で
いちばんの
哀しみであるのだと
信じて疑わない
なきごと、
と
わらわれても
ね
三、洞窟ごっこ
傷口が痛むから、さ
舐めてほしい
大丈夫
ここは日陰にあたるから
だれにも
言わないかぎり
日陰にあたるから
唾液の匂いって
なんだか
魚の
鱗みたい
気にしなければ
気にしなくて
済むということ
罪かどうかは
さて置き
さて置き
置き土産
なぜなら次は
傷口たちの
番だから
残すべきは
残しておかないと、
さ
四、推敲
愛したことは幸せでした
愛されたことこそ
幸せでした
響きの
はざまの
迷いの果てに
わたしはまたも
さまよいはじめる
あなたに会えて良かった
生まれてきたわたしで
良かった
きっと
どちらも正しいはずなのに
それは一途に
許されなくて
わたしは
雨に
泣いている
聞こえるともなく
聞かされる
雨に
からだを
ひらき通してみる
五、輪唱
もうすぐ
あなたの朝ですよ
って
きみが
あんまり
ふしだらだから
ぼくは
しばらく
夜を歌いたくなる
どちらにも
責任がないという有り様は
見ようによっては天国で
見ようによっては
地獄です
だから
言葉はここにいて
間違えることと
間違えてはいないこととを
くり返し
くり返し
ぼくらに
明滅してみせる
しかも
それほど遠くは
ないような
浪漫を
まね
て
六、そよかぜ
いつだって
洗いたてのけものを
演じてる
そうでなければ
狂ってしまうことが
わかっているから
何億年も前から
わかっている
から
これまでに
かぜの怯えは
聞いたことがない
それだから何となく
そよかぜのうそが
小気味よい
洗いたての毛並みには
ほどよいかぜが
必要なので
ちょうど
うそと
うそとが
折り合いよくて
岸辺がいつも
すがすがしいのは
刃物のような
恐怖の
ひとつ
それゆえ時は
咆哮をする
けものの演技を
足元から
さらうようにして
さらう気もないくせに
懐かしそうな
顔をする
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