オリエント・エクスプレス、1914
都志雄
◇機関士:
パリ発、コンスタンティノープル行き6両編成。
ほぼ定刻でウィーン発。
乗客の体調不良等、異常の報告は無し。
これより政情不安定な地域を通過。
よって盗賊団の襲撃に警戒セヨ。
◆老執事:
真昼の野火。
あの夏の風。
岸のない川。
アテナイの空。
吊るされた男。
きつい香水。
西日の飽和したコンパートメント。
重油の臭い。
四角い窓の外、飛び去ってゆく収縮したリアル。
◇シオニスト:
約束の丘へ。
機は熟した、という。
(神)よ(…)
ならば2千年という年月の、
(我ら古の頑民…)
離散の意味を、「試練」という語で括るなかれ。
暗闇の中で記憶を握りしめ
今は明るさのために濁った瞳で
虚しくロゴスを像へと切り結ぶ。
◆オスマン家の幽霊のルバーイイ:
腐った蜂蜜、亡き大帝の四重冠。
登頂、転落、転落の続き。
十字架、ターバン、そして憲政。
巡る因果よ、我らが首都の名を何と呼ぶ?
◇白系ロシア人
笑っちゃうねぇ。
話にならん。
万物流転の理か?
虚無よ出でよ!
ああ、痛ぇ、嘔吐と汗が止まらねぇ…
でも金持ちに生まれてよかったわ、あーん。
コイツらみんな買ったようなもんだからな。
赤も白も知ったことか!
一足先にドロン御免!
さぁ さぁ 火酒をよこせ!
◆ドイツのスパイ:
三つのCの三角形を
Bの線形で挫いたおこぼれよりは
今はただ、生きながらえる術だけ欲しい。
知りすぎたあたしの大問題はそこ。
できれば色と才だけで
首尾よく火薬庫ふっとばせ、って無茶言うわ…
ゴテゴテ野卑な最終手段は荷物の奥に隠してあるけど、
でもいちばん奥底には、
時を経るにつれ霞んでく、あの星の瞬き。
◇考古学者:
サクラソウに見とれているのではない。
私が見とれているのは
サクラソウと自分自身との関係ではないか?
ああ! 鼻を突く、この星の系譜。
見せてくれ、
真善美、そして聖なる像…
しかし耳目はてんで勝手に像を結んで私に告げる。
自由意思はどこに?
湧き出でる現象はやはり悉く私の幻か…
おお! 聖なる《報告されしもの》!
私はおまえの「ありのまま」が欲しいのだ…
◆車掌:
ここは一条の連続体。
九分九厘の夕闇を引き裂きながら走り去る。
雑踏の物乞いの顔を照らし、
鉄橋下の逢引きをまたぎ、
家路を急ぐ農夫とロバの耳をつんざいて、
遠い山並みに残照が見えなくなっても
東へ―
今は闇に呑まれてゆく、東へ。
それでは皆様、ごゆるりと―
また明朝!