ホルマリン
佐々宝砂
あのひとのことのはひとつひとつにもあのひとがゐてわれをまどはす
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からっぽであるということ殻ですらないということそれでも私
眠れないまま待っている夜明け前祟るってえならとっとと祟れ
好きだなと思うこころに浮かぶのがアイコンだという種類の純心
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花散らす雨は君のことのはに似てわれ散らすわれの思ひを
足持たぬひとと道行きひらひらと落花の中を押してゆくなり
閉ざされたる匣(はこ)に眠りて千余年経たねば君に会ふはかなはじ
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あのひとの指先にある一本の煙草のように私はなりたい
「更ける夜の重きギターの抱き心」などとあんたは絶対言わん。
ホルマリンの瓶に封じてあるのですあなたに半分もらった命
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一人また一人と語るのち消えてやがて私が一人ゐる部屋