靴と嫁
服部 剛
お風呂上がりで椅子に座る
目の見えないハルさんが
ドライヤーで髪を乾かす僕に、言いました。
「新しい靴もねぇ、
毎日々々撫でてやったら
だんだん馴染んで来るんだよ・・・」
「嫁さんもねぇ、
毎日々々撫でてやったら
あぁこのひとがいて、今の私がいるんだなって
思う日が、来るんだよ・・・ 」
「愛という名の粘土をこねて
最初はなかなかままならないが
大事に大事に撫でてやったら
いつの日か
世界にたった一つのハートになるんだよ・・・」
ハルさんの若い艶ある黒髪を
ドライヤーで乾かし終えた僕は
「いい話を、ありがとう」
と礼を言い、僕の指で
馴染んだ靴に
ハルさんの踵をすっぽり、入れて
傍らで手を引きながら
風呂上がりの一杯を飲みに
コーヒーカウンターに
ゆっくり歩いて、いきました。