月の嗤うさき
……とある蛙


碧く淀んだ沼の天空に
鈍く光る月明かりを
じっと受けている猿一匹
沼の水面から首を出し
辺りに潜む得体の知れない瘴気を伺い
この沼が池だった頃の
(猿の)古老の話を思い出すも
早くこの沼を抜けねばと決意し、
沼の不知を巡りながら
湿気の多いくさむらを抜け出した。
あとは山を下りるための坂道を転げ落ちるようにして
疾走した。
とりあえず疾走した。
沼周辺の瘴気に包み込まれて引き摺り戻されないよう
猿の名はイザナギ
天を指さし直立した猿

沼地から離れずいたがついに
離れる決意をし、池だった頃の面影のない沼を棄て、
係累から疎まれていた彼に後悔はない。
歩いて歩いて歩いて歩いた。
彼の行く手を阻む森の影
彼の目を眩ます霧の魔物
彼の鼻腔を破壊する強烈な腐敗臭
彼の耳元で囁かれる断末魔の呟き
彼の足下を掬う臭気のある泥腐敗物
彼の頭上には青い月明かり
ほうほう と鳴く梟は山の猖獗
闇の怪物の分身だ
ホウホウ
ホウホウホウホウ
ホウホウ

夜道に灯りはないが
月明かりのもと
月の与える智慧に
道行きを急ぐイザナギ
ヒトヒトと歩く彼に
ヒトとなることが何ほどかの意味があるのだろうか


彼の足下はうねったまま
彼の歩みは逞しく
雄々しく彼の行き先に続いて行く
延々と歩いた先はヒトのいる先
月は智慧を彼に与える。
智慧は彼に苦悩と目的を与え
伝えるヒトを探す。



自由詩 月の嗤うさき Copyright ……とある蛙 2010-04-28 09:43:16
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