Smith said nothing / ****'99
小野 一縷



パンクした ぼくの可愛い自転車 
引きずって 帰り道
墓地の門の前で佇んでいた 女の子
荷台に乗せて ガタンゴトン


タイプライターのキーだけが不満の吐け口
「ぼくは大詩人になる」なんて大口が口癖
そんな ぼくは 
キーツとイェイツに憧れる文学少年


そんな ぼくの
左手首の傷痕を指差して
クスクスと笑ってシーツと戯れて
嫌悪と慈悲を一つに溶かした 
その 苦々しく甘ったるい 眼差しで


軽々しく 彼女は言った
「安心には もう飽き飽きね」
重々しく ぼくは言った
「不安には もう飽き飽きだ」


ジェイムス ディーンより魅惑的で
オスカー ワイルドより知性的な子
「今夜は帰りたくない」
その夜 ぼくは 教えてあげた
刺し込まれる苦痛の後の刹那的な快楽を


「今はこんなにも暖かさが 心地良いけど
いつかまた この感じも 
くだらない安心に 変わってゆくのかな」


快楽を得る方法と その仕草を
一つ一つ教える度に 彼女は 
ぼくから一つ一つ 心を奪っていった
最初に奪われたのは
懐疑心
次に奪われたのは
羞恥心
その次は
執着心


「生きていくのに こんなにも心が必要なんて
なんて臆病で醜いんだろう」


可愛い自転車 ガタゴト ガタゴト
パンクしたまま二人乗り 
町を抜け 息を切らせて 夕焼越して
丘を越え 息を切らせて 夕闇抜けて
ずっとずっと 何処までも


ぼくは
生きてゆくため以外 彼女なんて
必要としていない
手に手をとって生きてゆこう


彼女は
死んでゆくため以外 ぼくなんて
必要としていない
手に手をとって死んでゆこう




凍死した 小さな詩人の 白い体
大きな瞳の鋭さで 守ってる
あの子は 一度も
「愛してる?」って聞かなかった
心に茨を持つ少女








自由詩 Smith said nothing / ****'99 Copyright 小野 一縷 2010-04-28 07:43:33
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