待ち続けるひと
恋月 ぴの

勤め先近くに珍しい衣装を扱う洋服屋さんがある
どんなのかっていうとお笑いの人とかが舞台で着るようなやつ
スパンコールちりばめられた真っ赤なベストが店頭に飾られていて

開店直後らしい午前中の早い時間に店内を覗いてみると
とっくに看板娘退いたような老婆がハタキをかけてた

ぱたぱたと元気にハタキ踊りだせば
季節はずれの曼珠沙華とか薄暗い店内に花開いたようで

お客さん入ってるの見たことないんだけどさ

これで今日の仕事は終えたとでもいうのか
頑なに閉ざしたガラス戸の奥から客待ち顔を通りに向ける

一見客でも吸い寄せようと睨んでいるようにも窺えて
うっかり気を許せば真っ赤なベスト押し付けられてしまいそうな

たとえば、これが「ちい散歩」とかの撮影だとしたら
テレビスタッフ引き連れた地井さんがおしゃべりしながら
開かずのガラス戸をいとも容易く引き開けて
若やいだ声上げる老婆の笑顔にカメラ向けたりするんだろうけど

番組で紹介され繁盛しだしたお店のガラス戸には
「ちい散歩」で紹介されましたとか誇らしげな一筆あったりして
地井さんの色紙飾った店内で慣れない客あしらいに戸惑ったりする

そしてほの暗い店内で客待ち顔していた頃がひたすらに懐かしくなって
ついには客なんか来て欲しくないんだと地井さんを逆恨み

神棚の色紙を引き剥がしゴミ箱へ投げ入れると
これで清々したのか緑色したドーナツの丸い穴に腰を落とした

ひとときの喧騒が嘘だったかのように静けさを取り戻した店内から
ハタキかけ終えた老婆がひとり客待ち顔を通りに向けていて

目があったらこんにちはとか時候の挨拶でもと思いつつ
気が弱い私は老婆と目があわぬよう俯き通り過ぎようとするのでした







自由詩 待ち続けるひと Copyright 恋月 ぴの 2010-04-26 20:12:06縦
notebook Home 戻る