ないよりマシ
ホロウ・シカエルボク




内臓に潜んだトリガー、獣のスタイルで被膜に風穴
傷物から逃げ出した血液が吐き出される夜
瞬間、自分が霊体に変わるみたいな
肉体の感触を惑わせる冷汗の数
ストレイトな衝撃以外の、数匹の小さな虫が
ゆっくりと食らうような障害、寝床に逃げ込むのは
もう少しあとにしようぜ、なあ
こんなままじゃどんな温かい夢も寄ってきやしないさ
強い太陽が枯木の影を地面に焼きつけるみたいな
モノトーンのコントラストみたいな予感
急激な春に手も足も出ず
ねばついた唾を飲み込む瀕死の睡魔
記憶と、未来が痙攣を繰り返して
もうすでに死様がそこにあるみたいだ、路地裏の
歩けない野良犬のような死様
どうしてお前は脚を失くしてしまったのか
いったいどんな宿命がその歩みにはあったのか
近代建築のアクセント程度に歯を見せた口元は
こちらに何も語ってはくれなかった
それがお前の宿命的なお終いなら何も言う気はない
だけどそこに居るのはいったいいい気分なのかい?
今頃あいつはもうどこにも居ないことになっているだろう
ちょうど俺のレコードのコレクションと同じくらいに
春の河川のようによどんだ眼球を天井へ向けて
何時かその遙か上まで昇っていく時のことを考えた
しゃあない、と思えるだろうか
いったいこんな有様で
そのときしゃあないとすべてを捨てられるだろうか?
そらそうだ、それを考えるには身体が重すぎて
こころは自由になることなどないのだ
血肉に温度がある限りそれは制約のようなものさ
それを抱くことを良しとしたり悪しとしたりすることなんか
もう、ずいぶん前に終わったよ
もう少し近くに行けたらいいよ、お終いのもう少し近くまで
これまでやってきたことがもう少しよく見えるように
もう少しお終いの近くまで行けたらそれにこしたことはない
一目瞭然の人生なんて選んでこなかったから
誰にも愛される足取りなんて選んでこなかったから
これまでやってきたことがもう少しはっきり見えるといい
お終いに近づくけれど
それはお終いってわけじゃない
お終いのような場所に近づけば近づくほど
ああまだなにも終わってはいないのだとそういう気分になる
はっきりすることが増えるのは幸せなことさ
はっきりすることが増えるのは幸せなことだ
それは定められないまま
静かに追いかけるみたいな指針だ
眠気とこめかみに食い込む頭痛が一緒にやってくる
このまま仰向けでじっとして
どちらかが居なくなるのを待つのが最上の策ってもんさ
風で窓が時々揺れる
寝入りばなを狙ってそいつはやってくる
様々な見過ごしのもとに過ぎたこんな一日の幕引きを咎めるみたいに
流行歌みたいに進展を求めて逸っている
知らない、進むことや留まることや退くこと、それだけが
意味を求める物差しだとは少しも思わない
そんなに褒められた一日じゃないことだけはどうやら同意だけれど
それだけがあらゆる価値を決めるような物差しだとは…
これから夏が近づくほどに眠りが浅くなって
寝返りが増えるだけの夜にいったいどんなことが出来るだろう
東へ向かいたいのに
西へ走っているような気分になることが時々ある
それがもしも本当にそうだったとして
いったい意地はそれからの爪先をどちらの方角へ向けるだろう
そしてそれは果たしてどちらの方角が正しいのだろう?
少し混乱しているのかもしれないと考えた、だけど
本当はそんな風に考え込むことをしたいだけなのだ
眉間にしわを寄せながら
そんなことを結構面白がっているのだろう
暑くなっても
そこそこ健康に過ごすことが出来りゃそれでいいんだけどな
放っておいてくれないやつなんてどこにでも居るものだから
ひとつやふたつの壊れ具合は
毎年必ず確かめなくっちゃいけないようなものだから
因果なものを選んだんだよ
暢気に付き合っていくしかないのさ
そうすることで人生を繋いできた、鳥が巣をつくるみたいに
たくさんのものを拾ってこの身体に詰め込んできた
なあ、生きるなんてことに本当は理由なんてないのかもな
あるかないかに決めたい奴だけが大騒ぎしてるんだ
今夜はぐっすり眠れそうかい
少し間を外してしまいそうな予感がしているのは気のせいかな
どちらにせよ、そう、関わっていく物事は変わりはしないし
明日は明日でなんとか凌げりゃオンの字だよな
水の流れは高いとこから低いとこへ―広いところへ続くのが筋ってもんさ
この夜の、例えば天井にひとつ吐いた長い息は
いったいどんな広いところへ流れてゆくのだろう
判ることが大事なわけではなかった
そこを通り過ぎること、場所や出来事を通り過ぎて―
自分のもっともしっくりくるやりかたで
時々のカテゴライズを固めること
散らばった、そう―出来事というヤツの小さな欠片
それを現実と呼ぶかどうかはこれから考えるさ
寝物語みたいに、寝床の上を過ぎてゆくのさ
楽しい夢がその先にあれば言うことはないが
どうせ毎日良し悪しあるもんだから贅沢は言わない
なあ、とりあえず消灯するぜ
なんとなく、そうさ



こんな気分でもないよりマシってなもんだよな





自由詩 ないよりマシ Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-04-26 00:01:26
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