「帰る場所を知らない」
ベンジャミン

ふらっと車に乗って家を出たら
振り返ることを忘れてしまった

何処に向かうでもなく走って
走って走って走っていた
気の向くままに曲がったりして
まるで人生みたいだと思った

いつの間にかとても細い道を
ただ道の続くままに走っていた
そうすることしかできなかった

行き止まり

ときどきそうだ
道は行き止まってしまう
何処へ向かうべきか標識のない
そういう道もあることに
そのとき気づく

車をおりて歩いた
歩いて歩いて歩いていた
ひときわ太い木に目がとまり
近づいて触れてみた
何だか温かい

木はすごいと思う
木はそこから動くこともなく
木は自分で自分をしっかり支えて
木は他の小さな生きものたちの命を抱いて
木はやがて朽ち果てる日のことも考えずに
木は生きている

帰ることを忘れても
還ることは意識の中に在る

いつからだろう
もしかしたら
生まれたときからかもしれない
引き返せない道を
走ったり歩いたりして
いつからだろう
帰ることを
帰る場所を
ずっと求めて
生きてきたように思う
そうでなくとも
自然は自然へと
還ってゆくのに

気がついたら
ちゃんと家に帰ってきていた
さっきまで木に触れていたような気がする手で
家のドアをあける

「ただいま」という

僕は少し地面から浮いたような足取りで
日常を過ごしている

根を持たない僕は
生き続けるために
帰る場所を知らないでいい

それが生きていることと等しく思えるなら

帰る場所はいらない


自由詩 「帰る場所を知らない」 Copyright ベンジャミン 2010-04-20 23:48:30
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