鎌倉の月
ふくだわらまんじゅうろう

どうしようもない
猫を一匹
買ってきた
どうしようもない店で
どうしようもない値段で売られていた
見るからにどうしようもない猫を
一匹
買って帰ってきた
俺は
ペットを飼うとか、そういうのは反対だ
ペットという言葉自体
ペットという概念自体
反対だ
犬は犬
猫は猫
人間は人間
みんな違うから
みんな一緒なんだ
だけど現実は
自分が人間だってことに気づいていない奴が犬や猫を飼い
犬が犬であり猫が猫であることがわからない奴がペットを飼っている
だから反対だ。のっけから
奴らを金で売ったり買ったりしていることが気に喰わなかった
だから自分でも信じられないことだけれども、俺は
一匹の猫を買った。見るからに
どうしようもない猫を
一匹
同情や何かじゃない
たまらなかったんだ
このどうしようもないペット屋で
こいつだけが売れ残ってゆくのが
あの猫もこの犬も売れるだろう
このわけのわからないネズミみたいなのさえ
売れてゆくだろう。だけど
こいつだけ売れ残るんだ。お世辞にも
同情だってこいつを買ってく奴はいないんだ、世の中
こんな猫
売れ残ったってかまわないさ
保健所に連れてかれて
殺されちまったって知ったこっちゃない
それくらい
人間どもはまだまだ馬鹿なんだからしょうがない
だけど、おまえみたいなどうしようもない猫が、こんな店に
売れ残ってくこの世の中が
俺には
たまらないんだ
自分のことしか考えないから
自分のことすらどうにもできなくて
自分の心の傷をペットたちに
舐めてもらってどうにかしようってこの世の中で
なあ、おまえ。見るからにどうしようもない猫よ
おまえは確実に無慈悲に当然の如くに
売れ残っちまう運命にあったんだ
俺はおまえを
救おうなんて思っちゃいない
明日から
アメリカの軍隊の343倍厳しい訓練をはじめる
おまえを野生に戻すためなんかじゃあない
おまえを立派な化け猫にするためだ
この愚かな人類にどうか、猫のなんたるかを教えてやってくれ
おまえの九つの命
尽きるまで思う存分暴れてくれ
おお、どうか、この美しい浜辺を照らす月よ!
8月24日の月よ!
このどうしようもない猫を立派な
化け猫にしてやってくれ!
この俺のすべての罪を許し
静かに眺めていてくれた月よ!
このどうしようもない猫を立派な
化け猫にして、もっと
愚かな人間どもに知らしめてやってくれ!
己の本当の飼い主を!
パンのみに生きる餌箱の前の徒労と惰眠の日々を!






自由詩 鎌倉の月 Copyright ふくだわらまんじゅうろう 2010-04-19 23:58:50
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