清水坂下のひと
恋月 ぴの

こっちでよいのかな?

中央通りは人波が険しいからと教わった脇道
パソコン自作用のパーツ屋さんとか軒を並べているけど
いまどきのメイドさんとかアニメ系のお店とかが元気ありそう

あの日のことは一生忘れられないと
仕入先の電気屋さんは語ってくれてはいても
他人行儀な平穏につつまれた街
そして時の流れは情け容赦なく事件を記憶の片隅へと押し流そうとする

今日はちょっと遠出になるからと出してくれた
事務員さんのお使い用として長年活躍している自転車
普段は倉庫の片隅に置かれているためなのか痛みも目立たず
雨風をしのげる
それは人にも物にも優しいってことらしい

春の日差しに目を細めた自転車は心なしかやる気に満ちていて
おいどを支え続けたサドルは事務員さんの汗と涙で艶やかに輝き

昔は毎日活躍してくれたんだけどね
今じゃ宅急便で間に合わせてしまうことがほとんどだから

私より年下の男の子がそんなこと話してくれた

路地を抜けると蔵前橋通りに突き当たる
右手には秋葉原らしさの終着点とも言えそうな末広町
そして左折すれば本郷通りへ抜ける坂道がはじまる

運動不足には辛い坂道を登りだすとやがて妻恋坂
ちょっとあえぎながらペダルを漕いで千代田区から文京区へ
教えられた通りに清水坂下の交差点を右折して清水坂の急勾配に足をつく

私にとっての湯島とは梅で知られた湯島天神であり
お酒の酔いを言い訳に敷居を跨いだラブホ街だったりする

最近じゃ躊躇う男を尻目に女のひとから急かすからしいけど

意外にも湯島二丁目界隈は寂としたオフィス街で
スキーのゴーグルでお世話になったスワンズが事務所を構えていた

お得意さんでの用事を済ませ再び清水坂下の交差点
斜向かいは神田明神だったことを思い出しつつ秋葉原方面を見やれば
末広町交差点から先東京湾までなだらかに繋がっているのか

風に乗り汐の気配がひたひた押しと寄せてくるようで
坂を下る自転車の勢いに身を任せ
女子高生のようにミニなスカートなびかせてとはいかないまでも
時代と記憶の波打ち際をお仕着せの制服姿で斜めによぎる







自由詩 清水坂下のひと Copyright 恋月 ぴの 2010-04-19 20:49:35
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