夏が来ますよ
ホロウ・シカエルボク
それは誰かにとどけ忘れた
たとえるなら即効性の
殺意みたいなものによく似て
河原で骨になった
後ろ足が一本欠けた猫の
雨に洗われた眼窩の悲しさによく似て
真夜中にだけ客を探す
花売りが行方をくらませた
その夜の客だった
どこかの社長の首だけを盗んで
社長の家族と
花売りの元締めと
警官たちが彼女を探したけれど
彼女の姿は見つからなかった
目の潰れた犬がブルースのように鳴いた
ある晩にすべては打ち切られた
夏が来ます
夏が来ますよ、と
おごそかに二行書かれた手紙が僕のポストをたずねる
差出人の手紙には心当たりがなくって
首をひねりながらも
それはレターポケットの一番前におさまった
その夜から夢を見る
首をたくさん
首飾りにして襟元を飾ってる可愛い花売り
彼女の名前は夏子といった
新聞に載っていた名前と同じだった
彼女は一日も欠かすことなく
僕の夢にやってきた
井上陽水の
ビーズとパールといううたをうたいながら
ぶらぶらと
首飾りを揺らして見せた
目覚めてからいつも
僕は少しだけ嫌なことを考えた
首だけが行方不明のどこかの社長は
花売りに出会う前にこんな夢を見ていただろうか
夏の
あるいは春の
到来を告げる二行だけの手紙を貰っただろうか?
お茶を飲んだけど
気持ちはすこしも落ち着かなかった
そして夏が来たんだ
見飽きた芝居の前口上のような調子で
だけど
それはどちらかと言えば夏のせいではなくて
そして
夏子は
夢の中で
僕の手を取るようになった
手を取って
なにかを語りかけるのだが
声は
何も聞こえず
くちびるを読むこともかなわなかった
話しかけるべきことがあるのに
どうしてそんな粗末な真似をするのだろうと
僕は少しだけ腹が立った
少しだけ
気が触れたような太陽が
その年の最高気温を叩きだした夜
夏子は
僕の耳のあたりまで小さなくちびるを寄せて
ふたことだけ囁いた
「飾るか?飾られるか?」
僕は
背中に氷を入れられた時のような目覚め方をした
時間は
午前二時を十分過ぎたところだった
暑かった
暑すぎた昼に夜がいらだっているみたいな温度だった
夏子の言葉が頭の中でぐるぐると回った
再び眠りについてから
僕は夏子とセックスする夢を見た
夏子の身体は地味なのにとんでもなく凄くて
僕は
セックスなんて描写は興醒め以外の何物でもないと思いながら
彼女の中に盛大に発射した
実際には
自分の下着の中にだけど
マズいことになったと思った
いや、洗濯のことじゃなくて
そんなタイミングのセックスなんて多分
ある種の契約のようなものであると考えて間違いないからだ
「飾るか?飾られるか?」
彼女の言葉が頭の中でぐるぐると回った
彼女の声は鉄琴の
二番目に高いところみたいに響いた
彼女の首飾りの
生臭い臭い
僕は顔をしかめた
まだその臭いはそこにある気がした
僕は
死にたくなかった
次の夜だったか
その次の夜だったか
僕は
飾ると答えた
夏子は
何とも言えない顔をして
レイヤー効果的に僕を自分に溶け込ませた
くだらないことだ
くだらないことだと思うけれど
僕は
夏子にすっかりイカれてしまったのだ
夏子は鼻をクンクンさせて
次の遊び相手を探した
ある程度吟味した後
なぜか僕に最終的な決断を任せた
僕はきっと彼女に似合うだろうと思った首だけを選ぼうと決めて
独断と偏見で彼女の希望を否定したり肯定したりした
不思議なことに
彼女はその決定にすんなりと従った
僕の考えていることは
彼女にもある程度判るのかもしれない
首飾りのピースがみっつばかり増えたころには
僕と夏子は切っても切れない関係となっていた
まあ
他人の首は切りまくっていたわけだけど
僕たちはイマジネーションの中で素敵なセックスをした
性的表現が多用される物語は安易だなとか思いながら
それでも
責任のない射精はステキだと思った
こんなこと言ったら
いろんな人に叱られるんじゃないかなと思ったけれど
あんなに嫌いだった首飾りの臭いも
なんだかないともの足りないと思うようになった
夏が終わるころに
彼女は秋子という名になった
そういうシステムなんだと僕が呆れると
そういうシステムってわりと大事なんだと彼女は力説した
時期に溶け込むのは
僕が思っているよりもずっと大事なことらしい
ふん、知るもんか
すねてみせたら大声を出して笑った
ずいぶんそれが気に入ったらしく
首を切るときにしょっちゅうそう言っては大声で笑った
そんなに大声を出して誰かに見つかったらどうするんだと
僕は内心気が気じゃなかったけれど
三度目の夏子の時に彼女の首飾りが出来上がった
彼女はそれを首から外して
無線中継所の廃墟の床にまっすぐにして置いた
そして
よく見ろと僕に言った
僕はよく見た
六年前に他界した父親の首があった
アルバムで見た
古い親族の顔がいくつか見つかった
「それは全部あなたの血筋」
と
夏子は言った
「あなたもほんとはそこに入るはずだった」
だけど間違えてしまって関係のない人の首を切った
と
夏子は照れ臭そうに笑った
だから
僕に運命を選ばせたのだと
そうか
そうなんだ
僕は彼女を抱きよせてキスをした
たぶんだけど
間違えたというのは嘘なのだ
僕は多分
彼女が好きだった僕の遠い先祖に似ているのさ