ロコネガティヴィジョン / ****'99
小野 一縷



頭の周りの何処かで 蒸気機関のクランクが回り出して
ぼくの記憶を巻き上げる
だから
虫が泣いていると感じるのかい? 
眉間の奥の小さな場所で読取った 過去の懐かしさに? こじつけて?
目眩 キラキラ星が見える その個数ノック しつこいノック
呆れて ドアを開けた瞬間 二重に視界をぶれさせるなんて
随分ひどい頭痛じゃないか
日頃の行い 悪いんだろう? 
重罪? 違う 100回以上の 幼稚な悪戯
それなりの それ相応の 罰を 軽い気持ちで受けたけれど
結局 辛抱我慢忍耐で 搾り出せたのは 
決意でもなく 諦めでもなく 
勢いなく だらしなく 
キレの悪い小便だけ


ああ ぼくの啜る鼻水に
風邪の風味が染み入ってきたら 潮時だ
「不安ってなんだろう」なんて所詮一時的妄想は
心に沸いた 熱気ある怖気に
たった今 あっさりと 塗り潰された


額の斜め上の手短な空間辺りで 蒸気機関がクランクを回している
そのスムースでもない運動音は 耳の中の渦巻を軋ませる
だから
ぼくは泣いているのかい? 
奇怪なむず痒さに?  少し笑いながら?
気が付かなかったよ
そんな ぼくが 可笑しくて
道を行き交うみんな 器用に見て見ぬ振りをするんだね


この血液の劣化は あまりにも早過ぎる
ひん曲がった腰と 湾曲した左肘でベンチに絡む老人よ
あんたなんて ぼくと何ら変わらない
身体的特徴が 少しばかり違うだろうが
互いの 錆びた血と 死んでる瞳の歪さが 
粘っこい同一性を 生みだしている
そう それでいて 目を合わせられない 視線のすれ違い 

( 線aと線b その間に 漂う 臭いから
  犬aと犬b 2頭の犬は 芳しさを 瞬時に嗅ぎとります )


両耳の後の辺りで 蒸気機関のクランクが回る
回る 回る 回り続ける
止め方は知らない
少なくとも 学校では 教えてくれなかったし
どんな本にも 辞書にも 載っていなかった
回る 回答が出るまで

思考と想像と記憶の在りかについて求めた計算式の中の代数は
極めて希少な代物だった
どおりで得体の知れない魚類にも似た不安が
よくもまあ喰い付いてくる訳だ
思考の先端を追い越した記憶を たらたらと垂らしては
どうせなら 
少しばかりの心地良い釣果を求めて
石造りのベンチでゆっくりと 獲物がかかるまで 横になろう
本当の風邪をひくのは ごめんだけど
時間切れで方向性を失った 平常心を落ち着かせるには丁度いい


こめかみをクランクシャフトの軸にして 
生々しい蒸気機関が記憶を操る
血液の粘度を上げて 夢中で集積したメモリィは 
たかだか明日の朝までに 枯渇することなど 有り得ない


痛いくらい 冷えきったベンチでも
胸の ざわめきは 冷めないまま
ぼくは また一つ 日付を跨いで
水平線から浮上する 旭を目差す
色褪せないまま 波打ってくる枕木を
ひとつひとつ 思い出して 乗り越えて
海面を行く 列車になって






自由詩 ロコネガティヴィジョン / ****'99 Copyright 小野 一縷 2010-04-12 23:22:59
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