お玉が池のひと
恋月 ぴの

へえ、そうなんだぁ

今はもう小さな児童公園の近くに祠があるだけで
不忍池と同じくらいの池がここにあったなんて信じられない

畔にあった茶屋のお玉さんが身を投げたのでお玉が池と名づけられたとか
なんか悲恋の末にってことなのかな

入社してから三週間が経とうとしている
仕事といえばパソコンでの在庫管理とかの事務処理に電話番
それからお茶汲みも大切な仕事だったりする

お茶汲みなんて私の仕事じゃありません

肩肘張り、そんな言葉息巻いてた若い頃が懐かしい

少人数な職場ながらやっと一致しだした顔と名前、それと役職
小さな会社だからこそ役職大切にしたいのは承知の上だけど
渋いお茶が欲しいとか細かい注文ないのはもっけの幸いで

たまのお使いが唯一の気分転換になっている

勤め先のある東松下町から昭和通りを渡れば岩本町
なぜか制服関係の問屋さんが散見されて
私の着てる制服もあんな問屋さん経由で仕入れたのかも

入社日当日には真新しい制服用意してあって
さっそくと袖を通せば、上司の心遣いに感激したりした

やる気って要はきっかけなんだよね

お会いしたのははじめてな取引先の事務員さん
私と同じくらいの年頃で濃い目のアイラインは却って好ましく
幼さを意識した言葉遣いは女の生きる術だったりもする

日々生きられることに感謝しないと

祠の奥には湧き水らしき猫の額ほどの静けさを湛えていて
お玉さんって美しい人だったのかな

見上げればビルの谷間から覗く青空は同様に猫の額ほどだけど
それでも初夏の兆しは眩しくて

寄り道しすぎた言い訳なんかが頭をよぎる






自由詩 お玉が池のひと Copyright 恋月 ぴの 2010-04-12 20:43:08縦
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