新しい戦争
小川 葉

 
 
アメリカでは
志願すれば
誰でも兵士になれた
九時から五時まで
一時間の
昼休み付きで

日本では
精兵だけが
兵士になれた
一撃で
敵を倒すはずだから
勤務時間も
昼休みも
作戦にはなかった

精兵は死んだ
休みなしで戦った
日本の精兵は
九時から五時まで
一時間の昼休み付きの
アメリカの志願兵に
いとも簡単に
殺されていった

占領した南の島に
日本の若者が
志願兵
ということにされて
船で送られた
作戦も
勝算も
食料さえない
国の果てに

アメリカ兵は
何も知らない
日本の若者たちを
九時から五時まで
一時間の昼休み付きで
砲撃し続けた

戦争が終わったら
結婚しよう
アメリカの
若者の夢と対照的に
すでに国で祝儀を済まさせて
死ぬかもしれなかった
日本の若者は
少なくはなかった

真夜中には遅番の
アメリカ兵に
監視され続けた
攻撃はしなかった
勤務は
九時から五時までなのだから
一時間の
昼休み付きなのだから

大きな爆弾が
ふたつ本土に落とされて
戦争が終わった

日本人が
九時から五時まで
一時間の昼休み付きになるまでに
しばらく時間を要したけれど
血を流さずに
アメリカに勝ち
しかしまたいつからか
精兵だけが兵士になれる
この国の生き残りをかけた時代が
ふたたび訪れていた

マクドナルドで
夜食を食べた
爆撃の音はしなかった
かわりに疲れ果てた兵士たちが
白旗を降ることもなく
テーブルに体を倒して眠り
床にはコーヒーがこぼれていた
次の兵士たちが
店の外で
行列になって待っている

彼らはまだ若く
あの戦争を知らないはずなのに
死ねるものなら
戦場で死にたいらしく
砲撃しない敵陣地の
アメリカのファーストフード店で
明日死ぬかも知れない一時を
安心したようにして
過ごしている

まだ戦っている
そのことに違いはない
明日の朝
九時になれば
アメリカは攻めてくる
しかし敵は
もはやアメリカではなかった
他人でもなかった
決して
自分でさえなかった

一時間の昼休み付き
五時には終わる砲撃の後
終わることは
何ひとつなかった
 
 


自由詩 新しい戦争 Copyright 小川 葉 2010-04-12 01:48:13
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