罪にもいたらず
メチターチェリ

嵐の夜である 怒号のごとき轟音をおかし、風神が迫ってくる
木々はざわめき 雨粒が塵界を激しく撃つ
石が転がる トタンが舞う 風見鶏が忙しくはばたく
血気はだえに迫るいきおい

カンカンカンカンカンカンカン………………
何かが激しく欄干をぶっている
不断の動揺を伝えている
こんな夜は人を異様な気持ちにさせる

もうひと月 彼はベッドに横になったまま考えた
考えることといったら真剣だが
その実、行動の伴わないことばかり
断片的な抱負が胸中を交錯している

できれば稼ぎたいと思いながら
稼ぐためには働かなければならず
わずかばかりの日銭のため
労働に雇われるのは役不足だと鼻で笑いたい

だから 昨日もおとついもその前も
彼は部屋の同じ片隅に寝ころがり
明日とあさってと当てのない将来のため
ひとり 結論の欠いたおしゃべりを続けている

机の上にはホコリの膜が
何ヶ月も前から怠惰を語っていた
着たきりのシャツが垢染みようが
それを苦にする余裕は更にない

窓によりかかると風の圧力を感じる
彼の窓にはアジサイの葉の紋様が施されていて
日が落ちた部屋に街の灯りが漏れると
まるで葉末に垂れた露のようだ

   文目をつたう光の雫   嵐に咲いたガラスの花

彼もたった二日前にそれに気づいた
気がついたからといってどうということはない
自分の発見に少し気をよくした目出度さが
倍の虚しさになって懐ろを寒くする

よごれた身体で深く 冷たい窓辺に寄り添っている
あだけた空は、彼に何を語りかけるだろう
新しくもない言葉を反芻する毎日に
清新な息吹を吹き込んでくれるだろうか

あるいは、
そんなこと 本当はぜんぜん望んでいないのかもしれない
彼はもうひと月 誰かを殺しに行く勇気も出ないまま
辞書に書き加えるべき言い訳ばかりを探している

足りないものは何なのだろうかと
中産家族 冷めた友人 顔色の優れた娼婦たちのことを思い浮かべ
誰かを殺しに行く勇気も出ないまま
嵐はうるさく通り過ぎようとしていた


自由詩 罪にもいたらず Copyright メチターチェリ 2010-04-10 06:06:04
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