秋の日の感傷
岡村明子

いちょうのにおいをかぎわけるころに
どちらからともなく手をつないだゆうぐれ
言葉を待っているでもなく
色づいた葉が落ちていくのが
コマ送りのように目に焼きついて

図書館前の噴水は
夏をすぎると水を抜いてしまう
そこはただの広場になって
昼休みには学生がランチをひろげ
そのランチを目当てに猫も集まる

一匹の猫が
怪訝そうにこちらを見ている
見られていることで
緊張した背中に
またひとつ
落ち葉が

「あと半年」
と突然口を開く
「あと半年たったら」

ひとりごとのように投げ出された言葉は
落ち葉に洗われて
いつしか
黄色いシャワーの中に拡散してしまった
何を言いたかったのか
聞き出せないまま
また
葉の落ちるのを眺めている
つないでいるのに
冷えていく手

大人になって何年もたった
誰もいないフロア
深夜残業の
高層ビルから見る
航空機を誘導する赤いランプは
それぞれ規則正しく明滅しているのに
それぞれが別々の時間に動き始めたから
風に揺れる木の葉と変わらないくらい
私に語りかけてくるのだ
森の中に生き物が潜んでいるように
この都会の光のもとで人間が息づいているのだ
そして確実に
このくらい森の中には
かつて冷えた手をあたためあった人がいる

木を見上げて夢を語り合った
いま木ははるか眼下にある
オー・ヘンリーの短編を思い出しながら
感傷に耽ることもない

自分のすべてが
経済に組み込まれてしまう前
それが「半年後」に迫っていた
ある秋の日の夕暮れ
そのときはまだ
二人は
二人だけの
未来を信じるに足りるだけの
空を見つめることができた
そして
そんなに
なんにもない空が
ほんとうにそこにあったんだ



自由詩 秋の日の感傷 Copyright 岡村明子 2004-10-04 00:23:20
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