先生、いかがお過ごしでしょうか。
こうして便りを書くのも久しぶりですね。
思えば立ち止まって振り返る度に、
僕はこうして先生へ手紙を書いている気がします。
あの頃、先生がいなければ僕も孤独だったでしょう。
僕が川沿いの土手に座り、
見ていた景色はひとつでした。
そして流れる川もやはりひとつでした。
いったい僕は何を選んでいたのでしょうか。
選択肢などありもしないのに、
いったい何を迷っていたのでしょうか。
先生、僕はこころを失っていたんです。
幾つもの季節が風にさらわれてゆくのに気をとられて
どうやら落としてしまったようです。
世界は転がっていくんですね、先生。
いつか観覧車の窓から眺めたように目に入るもの全ては。
代わりに拾ったのは他人のこころでした。
それを胸の箱にしまって今日まで生きてきたのです。
しかし他人のこころでは火を灯してもすぐに消えてしまう。
何度も何度もマッチを擦りました。
凍えてしまわないように、と。
しかし他人のこころでは僕の血をうけつけないのです。
そして先生、気づいたんです。
誰も笑ってなんかいないのだ、と。
皆、怒っている。
皆、悲しんでいる。
だから必死に繕っているんです。
僕は誰かが取り戻すべきこのこころを
ここへ埋めることにしました。
いつかその誰かがこの上を訪れた時に
一本の木が目印になるように。
その誰かが長い長い夢を完結できるように。
そう、気づいたんです。
探しに行かなければ、と。
先生、今やっと僕の胸はからっぽです。
今度は風が行く先へと世界を転がしていきます。
僕の胸をとおり抜けてひゅうひゅうと唄っています。
先生、今やっと道はひとつです。
先生、まだそこにいるんでしょう?
この手紙は風船につけて飛ばします。
遡る途中で六月の雨にうたれ、なくなってしまうかもしれません。
それでも先生、待っていてください。