くすんでないくすんでないくすんでないぞ
真島正人
強力に肥大化された
扁桃腺状の
点々をたどって
歩いていく僕は小さく小さくくすんでいく
くすみきって泡になったら僕らは
母親と同体化するだろう
同体化した母の指が刃物を握る
それをどうするというのか
※
洗面所から噴出してくる
「水圧」
に仰け反ってしまった
ほとんど眠れなかった夜
本当はぐっすりと
ひそやかに眠っていた
では眠っていなかったのはどこの
どいつだというのだろう
またしても巨大な
うごめき
まるで筋肉が
隆起するかのような
そして
呼吸時の
横隔膜にも似た
「絶エ間ザル反復」
※
虹色の着物が着たかったと姉が
つぶやく
子供の頃、
どこかの神社のそばであった
お祭りのようなものに
出席したときに
彼女は
ほんの少しだけ変わってしまった
あのときに着ていた着物が悪かったのだと、
そこで
あるものをなくしてしまったのだと
つぶやき
つぶやき
歯ヤ二はほとんど取り除いてあるが
いやにはれぼったい歯茎をしていて
おぃ
おぃ、
血が出てきそうだぞ、その歯茎
※
鍵がかかったまま
放置しておいた部屋のことが怖い
あの部屋はどうなってしまったのか
あらゆるものが弓なりにしなり
空気はからからに乾燥し
そして……
「そして」の先が、
思いつかない
※
耳にほんの少しだけ
水が入ってしまった
週末の室内プール
それなりに締まった腹筋に満足をし
耳に入り込んだ水のことを忘れた
水滴が
私の耳の中に脈打っている
水滴が
少しづつ
私の皮膚を
ときほぐしていく
肉の
一層
二層
三層……
そこから先は……
どこかから
沈黙が飛んできて
私たち
数人の頭を
殴った
すると私たちは
唐突に饒舌になり
言葉の胚芽と
対立項を作り出し
「沈黙させられるために必要なこと」
を語ろうと
口が
ゆがんでくる
痛い
痛い
痛い
どうすればいいのだ、
助けてくれと
私の隣で着替えている最中だった
中年の男が慌てふためき
はきかけのパンツにもつれて
無様な格好でもんどりうって
倒れた
彼の皮膚から血
彼の
鼻からも
血
更衣室の床ににじむ
少量の血液
まだ
鉄の匂いはしない
幾人かの
無関心な人々
幾人かの
好奇心の人々
幾人かの
そのどちらでもない人々
と、
それから
またふいに頭痛が去って
少なくとも私の口は
「沈黙」と対峙しない
私は逃げるようにこそこそと
更衣室を抜けて
耳たぶを少しだけ触る
私は子供の頃
耳たぶの柔らかい部分を触ると
いろいろなことがすぐにわかった
どういうわけでもなく、なんとなく
いろいろなことが
「わかった」はずなのだが
そんな感覚をなくしてから
もう20年が過ぎた
私は嘲笑し
なんでもなくなり、
より背景に溶け込みやすくなったことだけを
確認し
容認し
祝福し
ドアを一つ
自動のドアを抜けると
先に少し登場した姉に
よく似た女とすれ違ったような気がした
その女の口元に
呪文のようなものが
張り付いているような気がしたが
気のせいに違いがないのだ