空中列車
服部 剛

立ち並ぶビル群の幽霊
ビル風が吹き抜けると
敷かれゆく風の線路の上
滑らかに空中列車は行き交う

乗客は皆視線を落とし
日常に見つからぬ出口を
携帯電話の画面に封じ込める

 「おはよう」

 「おやすみ」

ボタンひとつで
「向こう側の君」へ
押し届ける 小さい幸福

10年前
アルバイトから帰り家の門を開くと
来る宛てのない手紙に
首を伸ばしていた

10年後
仕事の鞄を床に落とすと
夕食を置き去りに
パソコン画面の前にくつろぐ
手にしたティーカップのコーヒーをすす

「メールの受信中」

ウィルスが1通 ・2通 ・3通 ・・・

キーボードの上で眠たげに躍る指から
電子文字に体温と血の流れを封じ込めては
おぼろな心のどこかで
いつか 誰かに
「君に会いたい」と書いた時の
ペン先が便箋に想いを刻んだ感覚が残り
遠い場面のどこかで
自転車の配達夫が
一通の手紙をポストに「かたん」と入れる音を
今も待ち続けている

21世紀よ、
ビルの上の、そ知らぬ顔の青空よ
私達の表情が
同じ仮面ばかりを被りませんように
人間の血の通う言葉と
愛する人の抱きしめ方を
教えてください

今日もビルの谷間を滑りゆく空中列車
誰かのベルの
うたた寝から目覚めると
無人の座席にはいくつもの携帯電話が置かれ
全ての車窓は空色
車内には
僕一人だ




 ※ 初出:「詩学」 ’04年7月号(投稿欄) 









自由詩 空中列車 Copyright 服部 剛 2004-10-03 16:07:17
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