腕とナイフ
Oz

ハロルドはそのナイフで色んなモノを
裂いた
木の幹
近所の鶏
ナターシャの膿
リンゴ
タイヤ


そこには
善意も
悪意も無く
ただ衝動だけがあった
しかし
ハロルドは
善意も
悪意も
感じる人間だ
行為後には
自己の呵責に
苛まれるのだった

そのナイフは
父の形見だった
だから
手放すことは出来ず
悪いのは自分だと
自分こそが悪いのだと
そう思わざるをえなかった

ある日
ハロルドは
ナターシャの首筋の綺麗さに
惹かれてしまった
そして
それを裂きたい衝動を感じた

ハロルドは
限界を感じた
物事の終息の必要性を感じた

ナイフは
ハロルドの右腕を裂いた
それは利き腕だった
血は滴り
辺りを覆った

ハロルドは右腕を失った
しかし
後悔はしなかった
右腕を裂いた時
言い様の無い
絶望と
言い様の無い
悦楽があったから

でも
仲間達は
ハロルドの元から
去ってしまった
ハロルドは一人ぼっちになった

ハロルドはある日
夢を見た
夢の中では
右腕は存在していて
ありとあらゆるモノを
裂いた

ハロルドは
飼い主の見当たらない
盲目の猫を引き取った
その猫は18歳まで生き
生涯
ハロルドを愛した

その後
仲間と和解した
猫に対する献身的な態度
猫の死への涙を見て
考えを変えたのだった

皆で
歌を歌ったり
料理を作ったり
お酒を飲んだり
ピクニックに出掛けた
そして
ハロルドは一生を終えた

死に際
ハロルドの回りには
沢山の仲間がいて
皆が涙を流した
「惜しい者を亡くした」
そう
誰かが呟いた

そうそう
ナイフはというと
形見として
ナターシャが受け取った
ハロルドはそのナイフを
生涯
肌身離さず持っていたそうだ


散文(批評随筆小説等) 腕とナイフ Copyright Oz 2010-04-04 00:50:07
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